2014年06月01日

心が折れる


心が折れる,とは,

諦めるや挫折といったような心境

を意味するらしい。

最近使われ出した。印象深いのは,イチローが使ったのだが,元祖は,女子プロだという。

折れる

とは,

曲って二重になる,
曲って,二つに別れ離りる,
道などを曲がる,
挫ける,気勢を削がれる(腰が折れる)
主張・意見を和らげ,相手に従う
ものごとに苦労する(骨が折れる)

とあって,いまのような使い方の「 心が折れる 」の含意がなくはないが,

勢いがそがれる

というニュアンスで,いまの言い方とは微妙に違う。

女子プロで使っていたのも,ウィキペディアでは,

相手の心を折ることだった。骨でも,肉でもない,心を折ることを考えていたんで,相手を痛めつけようとは思っていなかった。本当に相手を痛めつけることなんか,目的じゃなかった。柔道やってたから,勝負に負けるときっていうのは,最初に心が折れるってこと知ってた。

という言い回しだったらしく,

再び立ち上がろうとする相手選手の気力を萎えさせ,奮い立つ気持ちを煮えさせる,

という意味だということができる。その意味では,

気勢を削ぐ,

の延長線上で,別に特に新しい言い方とは言えない。しかし,格闘家にとって,

腕を折られても心が折れなければ負けではない,

どんなに敗北だとされても,自分の心が負けを認めるまでは闘争は続く ,

という敢闘精神というか,

心が負けない,

の意味だとされるから,少し意味がシフトしていなくもない。ダメージが,

精神(こころ)

に及んだ状態,ということだと,削がれるというよりは,

挫ける,

という意味になっている。その延長線上で,「心が折れる」の現在の使い方は,

懸命に努力してきたものが,何かのきっかけで挫折し立ち直れなくなる状況,

と解説される。たぶん,それを決定的にしたのは,イチローの,WBCでの,

ほぼ折れかけてた心がさらに折れて,

という言い回しだったらしい。しかし,この経緯をみると,心が折れるには,それなりの背景が必要で,ただ,

めげる,

落ち込む,

凹む,

ギブアップ,

という気分とは違うような気がする。文脈の中で,自分が最早どうにもならないほど,自分の力の限界を思い知らされて,完膚なきまでに,打ち負かされた状態,

失望

絶望

の差くらいの隔たりなのではないか。それなりの,

努力と精進を経て実力を養ったものにだけ使える言葉,

という気がする。とっさに思い浮かんだのは,武田信玄の挑発に(に乗らざるを得ない状況で,あえて)乗って,三方ケ原で,完膚なきまでに,まさに鎧袖一触,弾き飛ばされて,恐怖で自分の糞尿に紛れて,浜松へ逃げ帰った,松平家康の心境こそ,それにあたるのかもしれない。

しかし,そのおのれの醜態を,そのまま自戒の意味で肖像画として描かせたあたりが,家康の家康らしいしぶとさなのかもしれない。その意味で,

心が折れた,

と言っている人は,(イチローも振り返ってそう言っていたように)そういう自分の追い詰められた状況を,メタ・ポジションから見るもう一つの目をもっている。あるいは,だから,

折れた,

のではなく,

折れかけた,

と言ったのかもしれない。心の折れ切った人は,心が折れた,などとは言わない気がする。その意味で,軽々に,凡人が,

心が折れる,

などという言葉を使ってはならないのかもしれない。

と書いてみて気づいたが,

こころが折れる,

心が折れる,

精神(こころ)が折れる,

とでは微妙に異なるのではないか。

精神(こころ)が折れる,

は文字通り,おのれを失うに近いニュアンスな気がする。自分の骨格をなす精神そのものが木端微塵にされたような。だとすると,それを認めるおのれがいる。だから,こうなのではないか。

心は折れる

が,

精神(こころ)は折る

ものだ,と。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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