転倒
少し前,ものの見事にひっくり返った。何が起きているか,一瞬わからなかったが,気づくと,あおのけに床に倒れていた。幸か不幸か,頭を打たず,腰で,全体重を支えたらしい。
風呂で使う木製の椅子を,踏み台代わりにして,高いところをちょっと拭こうとして,背伸びした瞬間,その踏み台が,ひっくり返り,見事に,放り出された,というわけである。
その一瞬に,空白はないが,思い出すと,倒れるところが,全く意識にない,
あっと,
言ったときには,重力に押し倒された,ということなのだろう。確か,秋口にも,何かに引っかかって,路面に倒れたが,その時は,あっちこっちに擦り傷を作り,着ていたジャージというかジョギングウエアが,ダメになった。そのときのことは,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163455.html
に書いた。しかし,今回は,真後ろにひっくり返ったのに,どこにもけがはなく,
腰の,というか,尻が打ち身,
になっただけで済んだ。
それにしても,よく転ぶ。
入院中は,後ろに椅子があるつもりでまともに座ろうとして,したたかに尾骶骨を痛めた。半年に一度のペースという勘定だから,
何かの警告,
と受け止めた方がいいかもしれない。加齢とともに,爪先が上がらず,躓いたり,引っかかったりして,前のめりに転ぶ,とことを聞いた記憶があるが,僕の場合は,どうやら,
勘違い,
というか,
思い込み,
によるものらしい。今回は,踏み台を信頼しすぎたが,本来,
踏み台ではないものを踏み台にした,
まあ,つけと言ってもいい。つくづく思うが,
嵩上げ,
や
下駄を履く,
というのは,いわば,靴底を嵩上げして実態より背を高く見せるのと同じで,すぐにメッキが剥げる。
僕は思うのだが,
遺産,
や
世襲,
というのも,そういう嵩上げの一種といっていい。昨今二世,三世が増えているのは,政治家だけではなく,俳優も,タレントも,そうらしい。それは,スタートラインが,何十メートルも先行して前にあるのと同じで,不公平なのだと思うが,しかし,いま,それが常態になっている。例が悪いが,
織田信長
羽柴秀吉
徳川家康
の,いわゆる戦国時代の覇者を比較したとき,毀誉褒貶はあるが,秀吉が好きなのは,身一つで,貧農百姓(ではないという説もあるが)から,伸し上がったという点だ。だから,かつては,「~太閤」などという喩が生きた。しかし,昨今は,格差社会になり,ある意味「金」による身分社会化してみると,小なりと言えど,
領国大名家の御曹司,
として生まれた,家康,信長とは,圧倒的なハンディキャップがあった,といっていいのである。そもそも相手には,嵩が,履くべき高下駄があった。しかも,強力な家中と眷属に囲まれている。それに比して,一家眷属も少ない。肝心な,
眷属,
が少ない。一族というべきものも,親族というべきものも,ほんの少ししかいない。しかも,まあ似たり寄ったりの,貧乏人,水飲み百姓である。弟小一郎を覗くと,甥っ子は,どれもこれも,不足だらけて,質量ともに足りない。だから,糟糠の妻の養家,実家の浅野家,木下家を囲い込み,か細い,地縁・血縁から,加藤虎之助,福島市松といった子供たちを引き取って,武将として育て,股肱の臣とするほかなかった。世に言う,黒田官兵衛も,実のところ,秀吉が,育てた,といっていい。官兵衛に焦点を当てて,秀吉を矮小化すると,あの梟雄・宇喜多直家が秀吉に屈するはずもなく,毛利の外交僧・安国寺恵瓊が,
信長之代,五年,三年は持たるべく候。明年辺は公家などに成さるべく候かと見及び申候。左候て後,高ころびに,あおのけに転ばれ候ずると見え申候。藤吉郎さりとてはの者にて候,
という手紙で,
さりとてはの者,
などという評価を残すはずもないのである。
そのあたりの,秀吉という人間の,器量・技量・力量・度量というのは(全国統一するまでだが),見直されていいのではないか,
と思う。というか,秀吉は,強烈なプロパガンダ,というかブランディングの名手だ。そういうおのれ自身を売りにしていく。
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163531.html
でも書いたが,手元に,祐筆,大村由己を置き,おのれの戦勝記録を,同時進行で戦記物に仕立てている。その強烈なブランディングの中に,おのれがおり,黒田官兵衛も,加藤清正も,福島正則もいる。
いやいや,変な方へ話が飛んだ。
転ぶはずだ,携帯電話の占いでは,あの日,12位であった。
吾已んぬるかな,
である。
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
この記事へのコメント