2014年06月16日


報美社の

http://gallery-st.net/

柴山千尋展に伺ってきた。その直前まで,落語を三席聴いてきて,時間が思った以上に余裕が出て,回ったのだが,落語を聞きながら,

落語は時間,

いや,

語りは時間,

そもそも

言葉は時間,

と考えていて,絵を観させていただいているうちに,

色は時間,

ということを,不意に思った。

鮮やかな色を組み合わせるのが特色なのだが,僕は,そこには時間を感じなかった。例えば山に,赤系統の鮮やかな色が,互いにひしめき合うようにしているところは,紅葉とも花盛りともとれるが,そこには時間ではなく,空間しか感じられなかった。

だからいけないというよりも,僕は,(タイトルに記憶違いでなければだが)

緑の流れ

流れる青

と題された,水流を,濃い蒼と緑系の色で,縞をなす流れに,惹かれた。そこに,時間を見た。いやいや,「流れ」とは,時間の謂いだ。

色は時間,

というより,

時間の色,

というように受け止めて,二作品を暫く眺めていた(もう一作,少し似た雰囲気のものがあった気がするが)。

僕は個人的に,絵には,画家が,どう時間を描くのか,に興味を持っていて,ダリのだれて融けた時計には,ちょっと感心したが,あれは死んだ時間でしかない,ようにみえる。

色と色がせめぎ合うのは,ひとつところで,ぎゅうぎゅうひしめき合う,

饒舌さ

を感じるか,時間は感じられない,むしろ,広がりが感じられるように思う。

それに比して,「流れ」を表現しようとする,寒色系(?)の暗い縞のうねりに,微妙に動く時間を感じた。

作家の中には,タイトルを重視する人とあまり重視しない人がいるようだが,今日は拝見した作家は,たとえば,

気になる線
とか
その先の線
とか
線,かげになる,

(と,確か…)と題するように,タイトルとセットで,絵に奥行きを見せる(そこに描かれていない何かを共に見せようとする)ものと,

前述のタイトル,

緑の流れ

流れる青

(だったと思う)のように,象徴するものと,たとえば,

庭のかたすみ

(だったかな…)というような,あまり意味のなさそうな(失礼!)タイトルとにわけられる。どうせなら,タイトルにも,主張が欲しいというのが,僕の思い。タイトルをみるかぎり,まだ迷いというか,躊躇いが見えるように見える(もちろん錯覚かも!)。まあ一貫性が欲しい,とは思ったが,素人の勝手な思い込みかも。ただ,タイトルは,僕には絵と一体だと思うところがあるので,その点では,タイトルの表現スタイルが,少しばらけている気がした(のは勘違いかもしれないが)。



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:13| Comment(0) | 個展 | 更新情報をチェックする
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