2014年07月03日

虚点


レペッカ・ブラウン『体の贈り物』を読む。

これは僕の意志ではなく,「ナラティヴ・アプローチ入門』の第三回目用の事前課題として出されたもの(肝心のセミナーには不参加にしだのだが)。まず,僕の手にすることのない類の本,というか小説だ。僕の関心領域の外にあるので,視野に入ることはない。いわゆるベストセラーではないらしいのだが。

推測するに,第三回は,「パラレルチャート」がテーマなので,それに絡めると,ここから,「私」及び登場人物の人生の物語を理解し,描き出そうということなのではないか,と思うが,ま,そこは,セミナーに参加しないのでわからない。

「私」は,USCという組織から,PWA(エイズウイルス感染者の)ホームヘルスケア・エイドとして,ホスピスへ入居す(でき)る前の患者の自宅に,このサービスは,医療行為は行えないらしいので,その他のハウスキーピングも含めた患者のサポートをするために,戸別訪問を行っている。どうやら,USCの創設間近い頃から活動に参加しているらしい。

全体のタイトルもそうだが,各章も,

The gift of ~

で始まり,

汗の贈り物
充足の贈り物
涙の贈り物
(略)
希望の贈り物
悼みの贈り物

と続く。面白いことに,「私」については,ほとんど語られない。患者とのやり取り,患者とのサービス,組織とのやりとりだけが,淡々と語られる。例外は,

今度の人は見た目に一番不気味だった。本当に病そのものに見えた。マーガレットからは,特別に必要なのは体に軟膏を塗ってあげることだけだと言われていた。軟膏はどろっとして不透明で,黄色っぽいゼリー状だった。大きなプラスチックの広口壜に入っている。何の匂いもしなかった。はじめて行って,壜のふたを開けたとき,誰か他人の指が軟膏をすくい取った跡が残っていた。なぜかそれ見てあんなに怯えたのか,自分でもわかない。でもとにかく私は怯えた。私はその人に触るのが怖かった。その人を見るのも怖かった。
腫れ物はどれも黒っぽい紫色で,二十五セント貨くらいの大きさだった。縁は黄色く,その人の肌は黒っぽ茶色だった。腫れ物から液や膿は出ていたりはせず,かさぶたもできてはいなかった。年じゅう軟膏を塗っていたからだ。

というところに(はじめて)感情が出ているくらいに思う。この章が,「姿の贈り物」だ。因みに,マーガレットとは,組織のマネジャーの一人だ。他は,患者を,抱き起したり,食べさせたり,風呂に疲らせたりのサポートを淡々とこなす。

たとえば,上記の軟膏を塗ってあげた患者に,ジュースを飲ませるところがある。

私はスプーンでジュースをすくった。すごく少量だ。澄んだピンク色のジュースの,ほんの一口。スプーンを口の方へ動かしていきながら,片手を彼の手首近くに当てたまま私は言った。「これからこのジュースを口元に持っていきますよ。もう唇のすぐそばにあります。オーケー。さあどうぞ」
かちん,とスプーンの底が下側の歯に当たるのが聞こえた。私は彼の口のなかでスプーンを傾けた。彼は唇を閉じ,飲み込んだ。
「ようし」と私は言った。「いい感じですね。もっと飲みます?」
彼はまばたきした。
「オーケー」と私は言った。もう一杯スプーンにジュースを入れて,口に持っていった。「さ,またジュース,来ましたよ」。彼の唇が,吸いこもうとするかのように動いた。私はスプーンを口に入れて,裏返した。彼は飲み込んだ。
「いいですねえ」と私は言った。「すごくいいですよ」
彼はまばたきした。
結局スプーン六杯分,ジュースを飲ませた。でも,六杯目で,喉がゴロゴロと音を立て,ジュースが一部飛び出してしまった。彼は口を大きく,怯えたようにO字型に開け,クーンと甲高い声を上げた。息が詰まってしまうのでは,と私は慌てた。

という調子である。「私」の感情を表現することはほとんどない。ここにあるのは,自分の感情を押し隠して,淡々と仕事をしかし,丁寧にこなす姿だけがある。いわば,淡々と,

前捌きする援助職のベテラン,

という感じである。

そういうとき,ある意味「私」は,虚点(という言葉があるかどうか知らないが)というか,ここに「虚」として,しかい(存在し)ない,ように見える。だから,「私」の生活も,私の背景も,まったく語られない。性別も,本当はよくわからない。

患者と,すでに死んだ,「私」も世話をしたカーロスの話を,こんなふうに会話する。

マーティは大きく息を吸って,顔にある種の表情を浮かべた。自分が本当に答を知りたいのか,よくわからないまま訊ねるみたいな表情だった。
「死ぬのって,救いになりうると思う?」とマーティは訊ねた。
「思う」と私は答えた。
マーティは息を止めていた。それから,ふうっと吐き出した。口元が柔らかくなった。そして,切なそうに私を見た。マーティは私に知ってほしかったのだ。
「僕,手伝ったんだ」とマーティは言った。
「カーロスのいい友だちだったんだね」と私は言った。
「うん,そうだった」とマーティは言った。「僕は思いやりある行いをしたんだ。僕はあいつに死の贈り物をあげたんだ」

この章は,「死の贈り物」と題されている。

「私」は,病気に感染したマネジャーのマーガレットの送別のミーティングに参加して,マーガレットと,古くから参加しているという話題の後,マーガレットに問われる。

「あなたこれ,永久につづける気じゃないでしょ?」と言った。
「実は,辞めようかと思ってるんだよね」と私は口にした。口にしたのも,そもそもはっきり意識して考えたのも,そのときがはじめてだった。
「それがいいね」とマーガレットは,私が言い訳を並べる暇もなく言った。わたしのことをよくわかっていてくれているのだ。「何かほかのことをするのもいいよね。またやりたくなったら,いつでも戻ってきてペレニアルになればいいし」
ペレニアルとは,UCSでしばらく働いて,それから何か別のことをやり,またしばらく戻ってきて,それからまた何か別のことを,と出入りを繰り返す人のことだ。

「私」が虚点というのをよく表しているのは,マーガレットと会話していて,背後で,夫のディヴィッドが話しているのが聞こえるところだ

次の次の夏に,上の子が小学校を卒業したら彼とマーガレットとで子供たちをディズニーランドに連れて行くんだと言っていた。「次の次の夏」と言ったのを聞いて,私の目がきっとディヴィットの方を向いた。ほんの一瞬だったけれど,マーガレットは見逃さなかった。あとどれぐらい生きられるのだろう,と私が考えているのを彼女は見てとった。
私はマーガレットに謝りたかった。でも何も言えなかった。
マーガレットはまだ私を見るのをやめていなかった。「あなたにやってもらえることがあるわよ」と彼女は言った。
彼女は私の頬に片手を当てた。二たりでリックを車に乗せたあのとき,彼女に触れた手触りを私は思い出した。彼女の手が私の肌にくっつくのを感じた。彼女は言った―「もう一度希望を持ってちょうだい」

この最終章は,「希望の贈り物」と題されている。

「私」は周囲をひたすら反照する。「私」側から,働きかけるのは,患者のサポート,ハウスキーピングについてだけだ。「私」自身については,まったく語られない。

ただ一か所,ミーティングへ出る前,

五時ごろだった。私は家に帰って,猫に餌をやり,しばらく一緒に遊んでいた。ミーティングではピザが出るから,何も食べなかった。しばらくして,気を取り直し,無理して湖畔へ散歩に出た。しばらく歩きまわった。

ここでだけ,私生活が語られる。

「私」が虚点になっている分だけ,絶望的な患者の状況が,感情抜きで無表情に映し出される。その分,状況の絶望が伝わる,しかし,各章では,必ず,ギフトを見つけ出す。まるで,エレナ・ポーター『少女ポリアンナ』の,

どれだけ苦しい状況でも、牧師である父親の遺言の「よかった探し」をする,

ポリアンナ(パレアナ)のように。それも,「私」が虚点で,ただ患者を淡々と映し出しているだけであることによって,際立ち,フォーカシングされることになる。

そして,思うに,この虚点という位置こそが,この種の

サービス

の,あるいは,

サポート

そのものの,あるいは,

それを担う人の,

ポジショニングそのものの象徴なのではないか,という気がする。そう気づいて,思い出したことがある。

旅先でのったタクシーの女性ドライバーが,それまで長年勤めていた介護施設で,あるとき,ふいに糞尿の匂いに耐えられなくなり,辞めた,と。

淡々と,虚点でサポートしていたのに,嫌悪というか,マイナス感情が起こった途端,虚点には立てなくなった,と言うふうに考えられる。前捌きだけでは対応できなくなった,というか破綻をきたしたのだ。

その分岐点が,腫物への不気味さ

である。感情が,虚点を踏み出してしまった,のかもしれない。

参考文献;
レべッカ・ブラウン『体の贈り物』(新潮文庫)
エレナ・ポーター『新訳 少女ポリアンナ 』(角川文庫)



今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 05:03| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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