趣味
一般には,
趣き(おもむき)+味(あじ)
で,
おもしろみ,
興味をそそられてするもの,
を意味する。そして,tasteあるいはhobbyの役として使われる,と。で,ウィキペディアでは,二つの意味を挙げている。
①人間が自由時間(生理的必要時間と労働時間を除いた時間、余暇)に,好んで習慣的に繰り返しおこなう行為、事柄やその対象のこと。道楽ないしホビー(英: hobby)。
②物の持つ味わい・おもむき(情趣)を指し、それを観賞しうる能力(美しいものや面白いものについての好みや嗜好)のこと(英: taste)。調度品など品物を選定する場合の美意識や審美眼などに対して「趣味がよい/わるい」などと評価する時の趣味はこちらの意味である。
そこから,ひとつは,対象の状態というか,
感興を誘う状態。あじわい。おもむき
であり,他方で,それを受け止める主体側の状態というか,
ものごとの味わいを感じ取る力,美的な感覚,
を指すことになる。因みに,興味は,
興(おもしろい)+味(あじわい)
であるが,それが,玄人であるか素人であるかというと,素人の好み,という側面ということになる。それをひけらかせば,
衒学,
気取り,
ということになる。あるいは,
好事,物好き,酔狂,数寄,道楽,風雅,風流,
と並べていくと,ちょっと印象が変わる。そもそも,
趣
という字は,
向かうところを定めて疾く行く,走る,
で,本義は,時間をちぢめてせかせかといくこと,らしく,
味わいに赴く,と解すると,なかなか味わい深い。
その意味で,
情趣,風趣,興趣,妙趣,趣向,詩趣,野趣,雅趣,玄趣,意趣,深趣,幽趣,旧趣,筆趣,新趣
と,どうも素人というニュアンスから遠ざかる。
思うに,仕事と対比して,趣味を語るから,意味がねじれるのではないか。趣味は,仕事とは別次元の話なのではないか。という言い方だとおかしいか…,趣味と仕事は対比するものではない,という感じなのだ。(先の定義のように,余暇の時間=自由時間という固定観念に縛られているのではないか,自由は時間枠ではない)
興味は,
興(おもしろい)+味(あじわい)
で,ものごとに関心を向ける,とある。
味は,本来は,口で微細に吟味すること,であるようだが,それが直截性から抽象度が上がれば,
ものの味の感覚,
から,
こころに感ずる味わい,
へ変ずるのもよくわかる。仕事のモードとは別の次元,というと語弊がある。そうではない,
仕事に味わいを感趣するかどうか,という,
感覚
の鋭さの問題なのかもしれない。
楽しみて淫せず,哀しみて傷(やぶら)ず
と。ここまでいくと,品格の問題さえ含む。
ある意味,仕事に淫するを,よしとする風潮がありはないか。淫するとは,
(色事,邪悪なこと,邪道)に深入りする,度を越えてのめり込む,ひたる,
というニュアンスが色濃い。いわば,トンネルビジョンに陥っていることを指す。
楽は,
木の上に繭のかかったさまをえがいたもので,山繭が繭をつくる檪(くぬぎ)のこと,
らしい。そのガクの音を借りて,謔(おかしくしゃべる),嗾(のびのびとうそぶく)などの語の仲間に当てたのが音楽の楽。音楽で楽しむという,その意味から派生したのが快楽の楽という。だから,楽しむには,
淫する,
よりも軽やかなのではないか。その意味がなくては,
これを知る者はこれを好む者に如かず,これを好む者はこれを楽しむ者に如かず
は通じない。だから思うのだが,
仕事の息抜きに趣味
というのは,仕事の仕方としては,どこか偏りがある。昔,冗談で,
仕事が趣味
と言っていたが,そういう軽やかな仕事の仕方がいいのではないか。そのほうが,トンネルビジョンに落ち込まないだろう。
これはまた別途考える必要がある。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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