知性
田坂広志『知性を磨く』を読む。
律儀なファンではないが,以前に,何冊か強い印象を懐かされた本を読んでいる。基本的に,その知性に惹かれていることが,普段は読まない「ノウハウ」チックな本書を手にした動機である。
著者は問う。
「学歴は一流,偏差値の高い有名大学の卒業。
頭脳明晰で,論理思考に優れている。
頭の回転は速く,弁もたつ。
データにも強く,本もよく読む。
しかし,残念ながら,
思考に深みがない。(中略)
端的に言えば,「高学歴」であるにもかかわらず,深い「知性」を感じさせない…,
ではなぜ,こうした不思議な人物がいるのか?」
と。著者は,
知能
と
知性
をこう区別する。
「知能」とは,「答の有る問い」に対して,早く正しい答えを見出す能力
「知性」とは,「答の無い問い」に対して,その問いを,問い続ける能力
と。さらに,
知識
と
知恵
と
知性
をこう整理する。
「知識」とは,「言葉で表せるもの」であり,「書物」から学べるもの
「智恵」とは,「言葉で表せないもの」であり,「経験」からしか摑めないもの
「知性」の本質は,「知識」ではなく,「智恵」である
と。そして,いまひとつ,「専門性」について,
「我々は,『高度な専門性』を持った人物を『高度な知性』を持った人物と考える傾向にある」
しかし,
「『高度な専門性』を持った人物が無数にいながら,肝心の問題が解決できない」
と。
フクイチの放射汚染はまだ続いており,太平洋全体に汚染が広がりつつある。しかし,少なくとも,汚染を止める手立てを,専門家は何一つ構築できていないどころか,めどさえ立っていない。
ふと思い出すのは,アーサー・C・クラークが言っている言葉である。
「権威ある科学者が何かが可能と言うとき,それはほとんど正しい。しかし,何かが不可能と言うとき,それは多分間違っている」
と。著者は,サンタフェ研究所で,
「この研究所には,専門家(スペシャリスト)は,もう十分いる。われわれが本当に必要としているのは,それらさまざまな分野の研究を『統合』する『スーパージェネラリスト』だ」
という発言に触発されて,これからは,
「垂直統合の知性」を持ったスーパージェネラリスト
が必要と説く。それは,
さまざまな専門分野を,その境界を超えて水平的に統合する「水平統合の知性」
ではない。その例を,アポロ13号の事故の時,NASAの主席飛行管理官を務めていたジェーン・クランツに,そのモデルを見る。そこでは,混乱し絶望的状況の中で,
「我々のミッションは,この三人の乗組員を,生きて還すことだ!」
と明確な方向性を示し,次々に発生する難問を,専門家たちの知恵を総動員して,次々とクリアし,無事に帰還させた。そして,ここに,知性のモデル(「スーパージェネラリスト」)を見つける。
「まさに『知性』とは,容易に答の見つからない問いに対して,決して諦めず,その問いを問い続ける能力のこと。」
として,「七つのレベルの思考」を提示する。
第一は,明確なビジョン
第二は,基本的な戦略
第三は,具体的な戦術
第四は,個別の「技術」
第五は, 優れた人間力
第六は,すばらしい「志」
第七は,深い思想
この字面だけを見ていると,常識的に見えるかもしれないが,たとえば,
戦略とは,「戦い」を「略(はぶ)く」こと
技術の本質は,知識ではなく,「智恵である」
というように,ひとつひとつに,著者なりの「知略」が込められている。
このすべてに僕は賛成ではないが,すくなくとも,自分なりの体験と知恵から「知性」を描き出そうとする,オリジナルな思考のプロセスがよく見える。
智恵をつかむための智恵とは,
「メタレベルの知性」
という著者の「知性」のメタ・ポジションには,深く同意するところがある。
ライルは,知性について,
Knowing how(ある事柄を遂行する仕方を知っている)
と
Knowing that(何かについて知っている)
に分けた。そして,こう書く。
「ある人の知識の卓越や知的欠陥を問題にしている場合においてさえも,すでに獲得し所有している真理の貯蔵量の多寡は問題ではない」
と。ただ,このKnowing howとKnowing thatは,同じクラスと考えず,クラスが別と考えると,
Knowing howについてのKnowing that
というメタレベルの「知」であることも含意していることになる。
僕は,必要なのは,智恵とか知識とか知能というレベルではなく(それがあることを前提にしないと話は進まないが),
メタ・ポジション
での思考力なのだと思う。自分の経験を智恵にすることが必要だとは思うが,著者の言うように不可欠とは思わない。むしろ,
目利き
出来るメタ化の力なのだと,感じた。
参考文献;
田坂広志『知性を磨く』(光文社新書)
G・ライル『心の概念』(みすず書房)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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