2014年10月05日

起源


岡谷公二『神社の起源と古代朝鮮』を読む。

神社を訪ね歩きながら,新羅の影を探るという趣旨の本だけに,直截,論究するのを期待すると,ちょっとまだるっこしい。しかし,状況証拠を積み上げていくうちに,新羅の影が,色濃いものになっていくところがある。

著者は,谷川健一氏の強い影響を受けているらしいことは,かつて,谷川氏の『青銅の神の足跡』などの本を読んだことのあるものには,蹈鞴,鞴,といった製鉄の跡を追いかけていた影と重なるものがあり,あれもまた渡来系の足跡をたどるものだったことを思い出させてくれた。

著者は,本書の動機を,金達寿氏の,

「神社も神宮も新羅から入ってきたのです」

の言葉に対し,

「神社を日本固有のものと信じている多くの日本人は,驚きや,強い反発,異和感を覚えるであろう。金氏は韓国人だから,そこに我田引水の匂いをかぐ人もいるだろう。しかし私は今,この言葉は多くの真実を含んでいると思っている。神社の成り立ちに,古代朝鮮,とりわけ新羅-伽那の地域が或る役割を果たしたことだけは断言できる。私たちにとってもっとも身近な神社であるお稲荷さんや八幡様が,最初渡来人の祀った神であったことは,すでに多くの人によって論じられている。…本書は,金氏の言葉を内側から検証しようとしたこころみである。」

と述べている。司馬遼太郎も,かつて,

「新羅人は,…日本の原始神道と相通じる神を持っています」

という言い方をしていたが,本書は,

「日本の原神道と朝鮮の古代の信仰との間の密接な関係」

を探るための,旅となっている。

ただ,「日本の原神道と朝鮮の古代の信仰との間の密接な関係」を朝鮮側にたずねるのは,なかなか難しい。

「日本の神社に相当する聖地は,朝鮮半島では,山神堂,ソナン堂,コルメギ堂,堂山などともよばれる堂(タン)だが,仏教,儒教をそれぞれ国教とした高麗,李氏朝鮮の下で弾圧,或いは排除されて消滅するか,儒教化してしまって,日本の『延喜式』に当たるような文献も皆無にひとしく,その古代でのありようは把握できない。」

のだから,という。さらに,国内も,「古代の一時期からはじまった新羅蕃国視,明治以降の朝鮮蔑視から,白木,白城,白井,白国,白鬚などと名前を変えたところが多かった」という。しかし,それでも,「新羅神社と名乗る神社は全国に数多く」,

「日本で最も数の多い神社のそれぞれの一つである八幡神社,稲荷神社が,元来は新羅系の秦氏が祀った神社」

であり,新羅の影響は広く,深く,大きい。新羅の痕跡を尋ねるには,

渡来系の氏族を尋ねる方法
製鉄の軌跡を訪ねる方法
記紀などの神話から尋ねる方法
神社の由来・名前から尋ねる方法

等々が,素人なりに,思い浮かぶが,本書でも,それをいくつか試みている。そして,それが重なっていくのが,印象深い。

たとえば,天日槍(あめのひぼこ)。

天日槍は,記紀などに登場するが,例えば,『日本書紀』では,

「新羅の王の子天日槍来帰り。将(も)て来る物は,羽太の玉一箇・足高の玉一箇・鵜鹿鹿の赤石の玉一箇・出石の小刀一口・出石の矛一枝・日鏡一面・熊の神籬一具,幷せて七物あり。即ち但馬国に蔵めて,常に神の物とす。一に曰く,初め天日槍,艇に乗りて播磨国に泊まりて,宍粟邑に在り,時に天皇,三輪君が祖大友主と,倭直の祖長尾市とを播磨に遣わして,天日槍を問わしめて曰く,『汝は誰人ぞ,且,何れの国の人ぞ』とのたまふ。天日槍対へて曰さく,『僕は新羅国の王の子なり。然れども日本国に聖皇有すと聞りて,即ち己が国を以て弟知古に授けて化帰り』とまうす。仍りて貢献る物は,葉細の珠・足高の珠・鵜鹿鹿の赤石の珠・出石の刀子・出石の槍・日鏡・熊神籬(ひもろぎ)・膽狭浅の大刀,幷せて八物なり。仍りて天日槍に詔して曰はく,『播磨国の宍粟邑と,淡路島の出浅邑と,是二の邑は,汝任意のままに居れ』とのたまふ。時に天日槍,啓して曰さく,『臣が住まむ処は,若し天恩を垂れて,臣が情の願しき地を聴したまはば,臣親ら諸国を歴り視て,則臣が心に合へるを給はらむと欲ふ』とまうす。乃ち聴したまふ。是に天日槍,兎道河より沂りて,北近江国の吾名邑に入りて暫く住む。復更近江より若狭国を経て,西但馬国に到りて,則ち住処を定む。是を以て,近江国の鏡村の谷の陶人は,天日槍の従人なり。故,天日槍の出嶋の人太耳が女麻多鳥を娶りて,但馬諸助を生む。諸助,但馬日楢杵を生む。日楢杵,清彦を生む。清彦,田道間守を生むといふ。」

とある。『古事記』では,「昔,新羅の国主の子有りき。名は天之日矛と謂いき。」として,不思議な逸話を載せている。

新羅の阿具奴摩という沼野ほとりであるいやしい女が昼寝していると,日が虹のように輝いて,その陰上をさし,このときから妊んで赤玉を生んだ。それをうかがっていた男は,その赤玉を女から乞いうけ,腰につけていた。この男が谷の田を作っている人々の食料を牛の背に乗せて谷に入ってきたところ天之日矛にあった。天之日矛は,男が牛を殺して食べるのではないかと疑って,捉えようとしたので,男は,赤玉を贈って,許してもらった。天之日矛は,玉を持ち帰って床のあたりに置くと,美しい女と化したので,婚して妻とした。妻は種々の美味佳肴を作ってもてなしたが,男は奢って,妻に罵言を吐いたところ,女は,「凡そ吾は,汝の妻なるべき女に非ず。吾が祖の国にいかむ」といって,小舟に乗って逃げて難波に留まった。それを追った天之日矛は,難波で渡しの神にとどめられ,やむなく但馬に住んだ。

天之日矛の子孫を,田道間守らを挙げた後,天之日矛が持ってきた宝を,「珠二貫,又浪振る比礼…浪切る比礼,風振る比礼,風切る比礼,又奥津鏡,辺津鏡」の八種を挙げる。

この『古事記』の逸話と同じ話が,書記では,天日槍渡来の生地の直前に,「意富加羅(おほから)の王の子,名は都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)。…伝に日本国に聖皇有すと聞りて,帰化く」とある。

『日本書記』と『古事記』では,天日槍の渡来の時期も,動機も異なるが,天日槍に関連することは,『筑前風土記』『摂津風土記』『新撰姓氏録』『古語拾遺』等々にも出てくる。著者は,

「それゆえ彼の渡来は,古代にあって広く知られた伝承であり,決して無稽な作り話ではなく,なんらかの事実を反映している…」

し,天日槍が,「個人ではなく,集団であろう」というのが,大方の見方と指摘する。『新撰姓氏録』には,

「『新羅国王子天日矛命之後也』として三宅連,糸井連,橘守が挙げられているのに対し,『出自任那国人都怒我阿羅斯止也』として,大市首,道田連,辟田首の三つの氏族があげられている」

という,といったところから考えれば,「弥生時代以降,朝鮮半島から人々が波状をなして渡ってきた」記憶の名残りとして考えられる。

この天日槍から,いくつかの説がある。

天日槍の逸話は,新羅の創世神話に似ている。

「アメは,…朝鮮の意味であり,…立派な武器と宝物を持って行った人々を指す」(金錫亨)

天は「海」であり,挙げる八種は,航海の安全を期するための呪物であり,天日槍の裔とされる三宅連が公海に関連した氏族であり,天日槍の集団は海と深いつながりがある。(上田正昭)

現に,新羅人は航海を好み,その造船技術は優れていて遣唐使として唐に渡った人は,帰途新羅の船に乗りたがったという。

天日槍が巡歴したコースに残る地名とそれにまつわる伝承,その周辺の鉱山や砂鉄の採取場の遺跡などから,天日槍の集団が,金属精錬の集団である。(谷川健一)

「此の御世に,始めて弓・矢・刀を以て神祇を祭る。更に神地・神戸を定む。又,新羅の王子,海檜檜来帰り,今但馬国出石郡に在りて大きな社と為れり。」(『古語拾遺』)

この記事の後に,倭姫命をして初めて伊勢に神を祀らせたとの記事があり,これについて,

「天日槍の渡来が,神社の成り立ちやその祭祀に在る役割を果たしたことを,(『古語拾遺』の編者斎部)広成自身が認めていた」

のではないか,著者は推測する。さらに,天日槍の持ってきたものの中の,「熊の神籬(ひもろぎ)」について,

「朝鮮半島の人にとっては,クマは,熊ではなく,神聖,首長の意味」(金錫亨),「朝鮮語のコムでして,『聖なるもの』という意味」(金達寿)であり,これは,江戸時代の日本の藤貞幹,金沢庄三郎も唱えており,「神籬にかぎらず,古代神道関係の用語には日韓同源語が少なからず見出される。…ヒは霊,モロは三諸山のモロである。古代韓語では宗などの字を当て,神を祀る聖所をマルと呼んでいるが,それと同系語であろう。キは古代韓語では支・城などの字を当てている」(三品彰英)。

そして,著者は,持ってきた以上,大きなものではなく,柳田國男の,「たとえば能登の飯田でなどで榊みこしといふもの,是は白木造りの台の上に,ただ榊の枝を挿したてたもので,これを神籬だと神官はいって居る」の,榊みこしに比定している。

そして,熊が聖なるものというなら,「熊の神籬」が「天津神籬」と同じ意味かも知れない,もしそうなら,と,『日本書紀』の,天忍穂耳尊を降臨させようとした高皇産霊尊が,

「吾は天津神籬及び天津盤境をお越し樹てて,当に吾孫の為に斎ひ奉らむ」

と言ったのを想起する。

大挙して渡来した先進地帯の人が,ただ人だけが来たのではないはずで,文化,祭式をもってきたことは十分想定できる。それを詳らかにする手掛かりは,朝鮮半島にはほとんど残っていない。しかし,

「神社が日本独自のものだという考えは,そろそろ改めねばならない」

という発言は,今日の日韓を見るとき,なおのこと深く同意したい。

参考文献;
岡谷公二『神社の起源と古代朝鮮』(平凡社新書)





今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:16| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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