2014年10月30日

妄想


小路田泰直『卑弥呼と天皇制』を読む。

タイトルからして,嫌な予感がした。大和王朝は,卑弥呼の存在を知らない。中国史書からその存在を知って,帳尻を合わせようとして見事に破たんしている。にもかかわらず,両者を地続きとして,構想しているのではないか,と。その予感が,そのまま当たって,どういったらいいか。これだけ妄想を積み重ねると,まあ,一つの物語としても,笑うに笑えない。

著者は,はじめに,こんなエピソードを紹介している。

名だたる考古学者,古代史家のシンポジュームで,素人ながら,一つの質問をしてみた,という。

「なぜ古代日本のの中心(王権の所在地)は奈良にやってきたのか。しかも盆地の南部にと。」

すると会場の空気が一変し,「そんなことわかるわけがない」と嘲笑された,という。しかし,笑った方も笑った方だが,問う方も問う方だ。黄河文明は,なぜ黄河なのか,と問うのに似ているからだ。理由はつけられても,それを確かめようはない。そこにある意味をいくら考えても,その時代の意味には届かない,それだけのことだ。

で,反撥した著者は,その理由らしいことを語っているが,それは興味のある方が,読んでいただけばいい。しかし,それは検証できない。検証できないことは,妄想に過ぎない。

しかし,著者は,冒頭から,妄想(仮説と呼び換えても同じだ。仮説も検証されなければ妄想に過ぎない)を積み重ねる。

『魏志倭人伝』でいう,卑弥呼は,

「鬼道に事え,能く衆を惑わす」

という,その「鬼道」とは,

「一般にはシャーマンとして神に仕える能力のことだとされているが,それは間違いである。祖先に仕える能力のことであった。」

と書く。しかし,「間違い」とする根拠はどこにも示されない。示されないまま,この仮説(妄想)を前提に話を進めてしまう。

「『鬼』とは神のことではなく,祖先のことだからである」

と。その言を証明するつもりなのか,『日本書記』の,倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)を持ち出す。その根拠がよくわからないが,こう説明する。

「『やまとととびももそひめ』を一音だけ改めれば『やまとほととびももそひめ』となる。漢字で書けば,『倭火所火百襲姫』といったところか,天皇の代替わりのことを日嗣というが,そのことを前提にすれば,この名は大和(倭)の王家の火を百台受け継いでいく最初の女王ぐらいの意味になる。血統でつながっていく王家の初代といえば,まさに祖先に仕える能力を手にした最初の王ということになる。」

ここに見られるのは,明らかに,卑弥呼と倭迹迹日百襲姫を同一人としているという,暗黙の前提に立っているとしか見えない。しかし,どこで,それは論証されたのか。

倭迹迹日百襲姫のエピソードを,『日本書紀』から拾ったうえで,

「ということは倭迹迹日百襲姫も,祖先に仕える能力において人並み優れた女性であったということになる。『鬼道に事え,よく衆を惑わ』せた卑弥呼像は,倭迹迹日百襲姫と重なり,それによってより鮮明になるのである。」

と書くが,それは,倭迹迹日百襲姫のことであって,卑弥呼のことではない。にもかかわらず,

「記紀でいうところの崇神天皇の時代(倭迹迹日百襲姫の時代でもある)は,まさに大和王権の国家祭祀の対象が,自然神から祖先神へと移り行く過渡期の時代であったと思われる。その時代の移行を担ったのが,多分,倭迹迹日百襲姫であり,卑弥呼だったのである。
卑弥呼は祖先崇拝の時代を切り開いた最初の王だったのである。」

となり,いつの間にか,倭迹迹日百襲姫について論証したことが,そのまま卑弥呼に当てはめられている。え,卑弥呼は崇神天皇の時代の人なの,と絶句する。

そして,さらに読み進むと,

「社会が身分化すれば,まつるべき神も自然神から祖先神に変更されなければならなかった。自然数しいから祖先崇拝への転換はかくて起こり,卑弥呼=倭迹迹日百襲姫は生まれたのである。」

と,とうとう,卑弥呼=倭迹迹日百襲姫になってしまう。

どうやら,先に結論ありきで,卑弥呼=倭迹迹日百襲姫を前提にして,記紀を読むから,そう見えてくる,ということに他ならない。

記紀を歴史書として読むのはかまわない。しかし,卑弥呼=倭迹迹日百襲姫を前提にして読んだとすれば,それは,史料の読解ではない。論点先取りというか,初めに結論ありきでしかない。

たとえば,倭迹迹日百襲姫の墓と想定される箸墓も,ここでは,そう断定し,しかも,イコール卑弥呼の墓として,話が進められる。

たとえば,倭迹迹日百襲姫は大物主神と結婚したが,神が夜しか現れず,姿を見せないので,朝にも姿を見せ欲しいとせがむ。すると,神は,「吾形にな驚きましぞ」といって,翌朝姫の「櫛笥」のなかに「美麗しき小蛇」となって現れた。それを見て,つい神の戒めも忘れて叫んでしまい,神は,恥じて御諸山に登ってしまった。姫は自分のしたことを恥じて,「箸」で自らの「陰」を突いて死んだ,というエピソードを,

「卑弥呼の行ったことは,結局彼女自身が死ぬことだったのである。自然死ではなく,悲劇的な死を遂げるということだったのである。」

とまとめる。意識的か無意識的か知らないが,倭迹迹日百襲姫を卑弥呼にすりかえている。そして,

「そのために彼女の行ったのが,死後自らのために巨大な前方後円墳を造らせるということだったのである。」

と,箸墓の主は,卑弥呼にすり替わる。まず,箸墓,倭迹迹日百襲姫の墓も推定である。まして,卑弥呼の墓とはまだ到底確定できない。しかし,それをあっさり,すり替えを通して,確定し,いつの間にか,卑弥呼=倭迹迹日百襲姫であるかのように導いていく。そしていう。

「『卑弥呼以て死す。大いに冢を作る。径百余歩,徇葬する者,奴婢百余人』…の『径百余歩』の巨大な『冢』は,ほぼ間違いなしに箸墓のことであった。」

と。まあ,ここまで行けば,後は,何を言っても許される。たとえば,こうだ。

「ちなみに,だから箸墓は前方後円墳というあの独特の形をしていたのである。人形をしたあの形は,箸墓建設の目的が亡き卑弥呼の可視化,偶像化であったことの一つの証拠であった。箸墓が,前方後円墳とは言いながら,前方部が末広がりのバチ型をしているのは,卑弥呼が女性だったから,その裳姿を象ったものと思われる。」

妄想もここまでいくと,面白いと言えば,面白いが,これでは嘲笑への反証どころか,嘲笑を重ねられるだけである。

この先にあるのは,記紀を歴史書として見よ,という戦前の復活である。著者はこう書く。

「『古事記』『日本書紀』をもとに,三世紀よりもさらに遡る歴史を描くことも可能なはずである。」

どうやらここが,隠れた狙いらしいのである。その延長にあるのは,紀元節の歴史化である。だから,

「日本は最初から世界文明の形成に参画している。」

と豪語する。いやはや,ここまでいくと,笑ってはいられない。こんなところにまで,夜郎自大が浸透しているのである。

参考文献;
小路田泰直『卑弥呼と天皇制』(歴史新書y)





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posted by Toshi at 05:15| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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