2014年11月06日


軸がぶれない

とか

軸がしっかりしている,

とか

というのが,評価の基軸らしいのだが,僕はあいにく,軸はぶれまくり,ゆらゆらと頼りない。でもって,

軸がない,

とまで酷評されたりする。人からの毀誉褒貶は,自分ではコントロールできない。そういう他人の評に左右されず,

行蔵は我に存す。毀誉は他人の主張。我に与らず我に関せずと存候。

と嘯ければいいのだけれど。それならと,グランディングに参加し始めた。まだときに失念し,ときに鬱屈に紛れたりしているのが現状だが,軸とは,

自信

でもあるのかもしれない。根拠はなく,ただ,おのれが,おのれに確信を持てればいいのかもしれない。それは,自分の仕事なのかもしれないし,自分の来歴かもしれないし,自分の家系かもしれない。その一つとして,

この大地につながっている,

という確信があることで,気持ちというか心が揺るぎなくなればいい。少なくとも,6500kmのマグマにつながる感覚だけでも,大きな励みである。

自分の軸ということを考えたとき,身体の中心線を貫いて,地球につながっているという感覚は,一種の安心感かもしれない。錯覚かもしれないが,それは,天と地とを貫く中に自分が在る,という感覚である。

その瞬間の,自分もまた透明になって,大地に連なっているという屹立感は,



とつながっている感覚になる。仮に,錯覚でも,その感覚が,多分大事なのだろう。いつでも,

すっくと立つ,

と,つながっていると感じられる感覚である。その意味では,一種の水準器というと,例えが変だが,

垂直

になっているかどうか,軸が,おのが身を貫いているかどうかの基準感覚である。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/404789268.html

でも書いたように,

立つ

には特別な意味がある。立つだけで,天地に目立つ。立つに絡んでは,

引き立つ,
思い立つ,
気が立つ,

と際立つ意味合いと同時に,

立ち会い,立ち往生,立ち返る,立ち遅れ,立ち働く,立ち腐れ,立ち遅れ,立ち竦む,立ち騒ぐ,立ち直る,立ち退き,立ち通す,立ち回り,立ち向かう,立ち塞がる,立て板,立て付け,立て直し…。

と,頭に付けて,「語勢を強める」使い方をする。

立つ,
あるいは
立ち上がる

が,坐すのが中心の中では,何かを始めようとする,勢い立つというニュアンスがあるから,そういう使い方をしたのだろう。

二足で立つのは,人だけである。ただ,意味なく立っていたのでは,それこそ,申し訳がない。

立って,地軸とつながることで,何かが通りやすくなるのは間違いない。

天の声,

地の声,

という。その瞬間,ただの透明な棒になる。筒になる。いや,

ただ器として,

あるいは,

受け皿として,

導管として,

静かに立つ。

自ずから

には,

おのずから

という読みと,

みずから

という読みがある。おのずからは,

オノ(己)+ヅ(の)+から(原因,由来)

で,自分自身か,ひとりでに,という意味だが,みずからは,

身+つ(連体修飾語をつくる格助詞)+から(それ自体)

で,自分から,自身,という意味になる。

こじつけっぽいかもしれないが,

みずからの意思で,おのずから,おのれになる,

とも言える。自分の中心線を貫いて,つながろうとするのは,おのれ自身のためでありながら,

おおいなるものにつながろうとする,

そういう自然(じねん)のありようと言えるかもしれない。そのときの,ひたすら声を聞きとろうとする姿勢は,そのまま,

コーチング

カウンセリング

の姿勢に通底するような気がする。


参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)





今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:08| Comment(0) | あり方 | 更新情報をチェックする
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