トークライブに参加してきた。
https://www.facebook.com/events/537050229762032/
最近は,参加頻度が落ちているが,こちらのエネルギーがついていけないからだ。
さて今日もいろいろな話題が出たが,一番興味をそそられたのは,若手の作家が,(竹山さんから)声を掛けられて,グループ展をし,そこから個展へとステップアップしていくためには,
その展覧会での売り上げ
と
その作家の作家性
であるということであった。これは,前にも,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163298.html
http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163204.html
等々で,似た話があったと思うが,ここでは,作家性を,
伸びしろ
と言われた。そこからは,アートプロデューサーとしての腕ということになるが,
その作家にどんな将来性があるか,
を見極める,ということになる。そのとき,その眼鏡にかなわず,しかも,顧客の嗜好にも合わなかった作家は,
リベンジの機会
を得るか,雌伏するか,開き直るか,諦めるか,の選択を迫られる。僕は,この意思決定に興味を惹かれた。僕なら,開き直るだろう。しかし,その意思決定は,多く自己閉鎖というか,自己完結に堕すおそれがある。となると,たぶん,リベンジしかないはずである。それが,自分に目標と,世に問う場,を与えるからだ。
グループ展自体が,普通に考えれば,与えられた(つかんだ)チャレンジの場に違いない。そこで,評価が下されることになる。恐らく,おのれの資質と才能にうぬぼれていればいるほど,評価と主観とのギャップに懊悩するはずである。
よく,昔,量販店を取材していたとき,売れ筋。売り筋,見せ筋等々ということを耳にしたものだ。
売れ筋とは,他店でも売れていて自店でも売れている,
売り筋とは,他店では売れていないが自店で力を入れて売っている,
見せ筋とは,客寄せに,目立って華やかで人目を引くが,売れることは期待せずに販売される,
死に筋とは,他店でも自店でも売れていない,
と,その他に,
隠れ筋(他店で売れているが,自店ではあまり売れていない)
というのもあるようだが,僕の印象では,売り筋は,
店が売りたがっている,
ということから,あまりいい意味では使われなかった。メーカーが力を入れていたりして,粗利が取れる,動きが悪くて消化したい,といった理由がある,という印象であった。しかし,店の意思として,
差別化できるとか,
自店のアイコンとして育てたい
という意思の示し方としての売り筋もある。とすると,グループ展は,僕には,売り筋の場に見える。もちろん個展もそうだろうが,新しい,海のものとも山のものともつかない若い作家のデビューの場だ(作家自身ではなく,プロデューサーを商店にたとえるなら,竹山商店にとっての)。もちろんそこで問われているのは,それが,
売り筋に値するのか,
という「竹山商店」の眼力も,だろう。しかし,僕は思うのだが,少々グループ展で売れるより,まったく相手にされない,完膚なきまでの敗北の方がいいのではないか,という気がする。
そこそこ
というのがよくない気がする。「そこそこ」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/405919893.html
に書いたが,「そこそこ」の自足も達成感もない,そのどん底で,初めて,おのれの意志が問われる。
このまま続けるのか,
再度チャレンジするのか,
何をするかは,この際,とにかくどうでもいい。まず,
まだ(作家として)前へ進む気があるのかどうか,
という,描きたいのか,という意思だ。それは,野心とか,志とかと言った類のものではない,
まだ諦めきれない,
という自分への憐憫というか,愛着というか,執念と言ったものだ。理性や理屈ではなく,ここで止めたら,
後からきっと後悔する,
という微かな自分への未練である。あるいは,自分の中の炎である。それを確かめなくてはならない。それがなければ,単なる見栄や反撥では,その後が続かない気がするのだ。で,確かめて,そこで方法を,選択する。リベンジか,別の場か,それともおのれ独自のやり方か…!
思うのだが,習作時代に,どれだけたくさん描いたかは,画家だけではなく,クリエイティブな分野では,常に言われることだが,だからと言って,
描くこと
を目的しては意味がない。で,具体的なチャレンジの場がいる。その意味で,素人考えだが,
グループ展
が一番いいように思う。自分の作品を,同時代に同じようにチャレンジする作家と並んで,おのれの作品を客観的に眺める,競演の場として,最適のはずだ。できるなら,しばし,個展ではなく,
そこそこ
ではなく,
いける
と自分も,納得できるまで,並べて眺める機会を意識して一杯作るといいのではないか。そこで,自分の特徴が,自分の位置が,自分の差異が,見えてくる,そんな気がする。作家たちに,
「見捨てられた感じがない」
と言わしめたのは,その気があるならチャレンジできるよと門戸を開けている感じがするからだろう。
「10年くらいするとわかる」
とも言われた。前にも挙げたが,
10年一剣を磨く
である。しかし,それでも,また正念場がくるはずだ。いつも問われる。
このまま続けるのか,
と。立ち止まって,自分の声を聴かなくてはならない。その声に従ったからと言って,もちろん正解とは限らない。そこが難しい。一生分を賭ける決断なのだから。
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
ラベル:売れる