2014年11月28日

ヴラマンク


また,時間を調整するために,「夢見るフランス絵画 印象派からエコール・ド・パリへ」

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/14_france/index.html

に行ってきた。正直のところ,大して知識があるわけでもないが,印象派と聞いただけで,またか,と思ってしまい, 本当に時間つぶしのつもりででかけた。誠に,失礼な話である。しかし,

モネの,

『睡蓮のある池』

も,なかなか見ごたえがあったし,ルオーの,

『農婦』

http://ameblo.jp/0826hide/image-11954307326-13121075791.html

も,背中に背負っているような宿命というか黒い重荷のような影が,苦難そのものを示すように,深く心に滲みたし,同じルオーの,

『道化』

の,心の内の奥の怒りと荒みの出た表情は,思わず目を背けたくなった。また,モディリアーニの,

『バラをつけた若い婦人』

http://ameblo.jp/0826hide/image-11954307326-13121072901.html

『小さなルイーズ』

http://ameblo.jp/guy503/image-11831300855-12917663490.html

も,遠くから目を引く,というか,遠く離れてみると,それが際立って見えてくることに気づく。しかし,そのすべては,モーリス・ド・ヴラマンクの,

『赤い屋根のある風景』

の強いインパクトに較べると,総ては,地として沈んでしまう気がした。その前に,展示の順序としては,

『橋のある風景』

『カシスの港』

が並んでいたはずだが,余り気にも留めず,スルーしていった。で,『赤い屋根』に立ち止まって,初めて,先の二作品に戻った。しかし,スルーしただけあって,僕には強く惹かれるものがなかった。ま,あくまで,絵画にも,絵画史にも疎い,素人の印象なので,当てにはならないが,続く,

『雪の道』

http://blogs.yahoo.co.jp/les_fleurs3106/GALLERY/show_image_v2.html?id=http%3A%2F%2Fblogs.c.yimg.jp%2Fres%2Fblog-27-8e%2Fles_fleurs3106%2Ffolder%2F1711378%2F51%2F40491351%2Fimg_2%3F1216133571&i=1

ももっといい。さらに,

『嵐のあとの村』

http://jirokayo.up.n.seesaa.net/jirokayo/image/2014053120painting2.jpg?d=a1

もいい。

画面の奥に消えていく道という絵が多いのに気づく。それに惹かれたのではない。見ているうちに,自分の心の暗がりを映し出すような感覚に捉えられるのである。デジャブではない。見たこともない道なのに,いま自分が,その消えている道にの向こうに向かって歩いていく,という感覚に捉えられる。そう,その世界が,僕の心の中と直につながっている。僕がその道に立っているのか,僕の心の中のその風景に,僕は向き合っているのか,その微妙な,重い感覚は,しばらく,ヴラマンクの10点の絵を,行きつ戻りつさせた。会場にいた時間の半分は,そこにいたような感じがする。

『踏切のある風景』

https://d188f501vi07da.cloudfront.net/jp.hpa.info/3094ce0f571b3f8876dde794d86cdffa.jpg

もやはり道が続く。

知っている人にとっては,何をいまさらと,笑われそうだが,少なくとも,僕の心の何かとつながった感覚であることは確かなのだ。僕はまたいい絵と出会えた気がする。







今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 05:29| Comment(0) | 展覧会 | 更新情報をチェックする
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