2014年12月12日

不正


榎木英介『嘘と絶望の生命科学』を読む。

著者は,あとがきで書く。

「告白しよう。STAP細胞の論文が最初にメディアに取り上げられた夜,私は興奮していた。理由は二つある。一つはSTAP細胞が発生学上の大発見だったからだ。もう一つは,小保方氏が『後輩』だと知ったからだ。」

と,しかし,現在進行形なのでと断りながら,

「STAP細胞が明らかにした様々な問題は,理研特有の問題ではなく,日本特有の問題でもないということだ。30年以上前のアメリカの研究不正を扱った『背信の科学者たち』…を20年ぶりに読んでみたが,STAP細胞の問題が決して特殊な事例ではないことを改めて思い知らされた。」

と。そして,こう言うのである。

「実は小保方氏のSTAP細胞論文が騒動になりはじめたとき,バイオの科学者たちは,それほど驚かなかった。もちろん,画像の切り貼り,画像の流用,文章のコピーペーストなど次々と明らかになる疑惑を目の当たりし,多くの研究者はさすがに絶句したが,実はバイオ研究の論文が結構適当で,ときにウソが交じっていることは,バイオ研究者のあいだでは広く知られたことだったのだ。」

だから,「バイオ研究の一部は,虚構の上にそびえたつ」と。では,研究不正とは,何か。

研究不正には,

捏造(Fabrication)
改竄(Falsification)
盗用(Plagiarism)

の3つがあり,頭文字をとって,FFPと呼ばれる。

「ねつ造とは,存在しないデータを都合よく作成すること」
「改ざんとは,データの変更や偽造をすること。都合の良いデータだけをピックアップすることや,逆に都合の悪いデータを削ることも含まれる」
「盗用とは,他人のアイデアやデータ,研究成果を適切に引用せずに使用すること」

「このほかに,研究に関わっていないのに論文の著者になるといったような『不適切なオーサーシップ』や,個人情報の不適切な取り扱い,プライバシーの侵害,研究資金の不正使用,論文の多重投稿等も研究不正に含まれる。」

と。そして,

「東邦大学医学部の准教授だった藤井善隆氏は,なんと172本の論文にねつ造を行ったことが発覚し,不名誉な世界記録をつくった」

という。だからといって,

「バイオ研究に不正が多く発生している印象ではあるが,必ずしもそうではない,というデータもある。…松澤孝明氏によると,バイオ系の研究不正の割合は,37.7%。自然科学系ら限れば,74.1%にも達するが,研究者人口も多いので,必ずしもバイオ系で突出して研究不正が発生しているわけではない…。」


にしても,不正があまりにも多い気がするのは,僕だけだろうか。しかしである。

「アメリカの国立衛生研究所(NIH)から助成を受けていたバイオ研究者の3人に1人が,過去3年間に上位10位までの悪質な行為に関与していた」

というネイチャー誌の記事もある。では,まっとうに研究している研究者はいないのか。捏造,改竄,盗用の対極にあるのは,

「責任ある研究活動」(RCR:Responsible Conduct of Research)

という。それは,

「研究者のプロフェッショナルとしての責任をまっとうするやり方で研究を遂行すること」

とされる。しかし,ステネック氏らによると,

「『ねつ造,改ざん,盗用』と『責任ある研究活動』との間には『QRP』(QRP:Questionable Research Practice)があるとしている。」

ここには,

論文の多重投稿
先行研究の不十分な調査
自説に有利な実験結果の選択的な発表や誇張
自説に不利な実験結果の非公開や発表遅れ

等々。つまり,

「ねつ造,改ざん,盗用」と「責任降る研究活動」とは,連続している,

ということなのだ。その間には,

データはあるのに切り貼りしてしまった,
再現性があるのに,データの見栄えをよくしてしまった,

等々,必ずしも不正とは言えないルール違反がある。では,

「不正とそうでないものの境界はどこにあるのか…これが意外に難しい。」

と,著者は言う。たとえば,

「ある論文では,たった一つの画像に,ちょっとだけいじったあとがあった。ある論文では,二つの画像に。ある論文では三つの画像に。その先に,総ての画像やグラフがどこか別のところから持ってきた,完全なニセ論文がある。どこに線を引くのか。そして,誰がその線を引くのか。」

そもそも,研究というのは,

「研究者は,まず“真実”はこうだろうと想像し,『最初はあいまいな仮説』を立てるところからはじまる。つまりこの段階では『ねつ造』であるといえる。そして,人間が未知のことを理解するのは,パトリック・ヒーランが『科学のラセン的解釈』説で述べているように,『最初はあいまいな仮説(つまり『ねつ造』)→試す→都合のいい部分を残し,不都合な部分を変える(拡大・分化,つまり『改ざん』)→試す,のラセン的上昇で,〈知〉が生産される』ので,ある発見のプロセスがこのようだから,発見にはある種の『ねつ造→改ざん』作業が必然なのである。」

というところがあるのだから。そのせいかどうか,いまバイオ研究者で,

「胸を張って自分は一切の不正,あるいは不正と疑わしい行為にかかわっていない,と宣言できる研究者はもしかして少ないのかもしれない。病巣は想像以上に深い。」

と著者は推測する。。そんな馬鹿な,と思いたいが,「実験を行う分野で不正が発生しやすい」。例えば,こんな例を挙げられれば,頷かざるを得まい。

「実験を何回もすれば,ときに変なデータが出てくる。実験のウデの問題なのか,それとも,試薬がおかしかったのか。では,そんな『異常値』が出たときにどうするのか。異常値だけ集めるか,異常値を分析の対象から外してしまうか……異常値だけ集めたデータと,異常値を外したデータは全然異なるものになるかもしれない。つまり,自分の主張にあうデータだけを集めることができてしまうのだ。」

そう考えると,「異常値の一個くらいは消した経験がある研究者」は多いだろう。さらに,

「(画像の)加工しなくても,ウソはつける。何十回も何百回も実験を行って,たまたま自分のたてた仮説にピッタンコの写真がとれた。そういう写真を「チャンピオンデータ」と呼ぶ。いわば,『奇跡の一枚』みたいなものだ。……しかし,たまたま出たチャンピオンデータだけを貼り合わせると,あたかもその仮説が証明されたかのようにみえてしまう。」

確かに,これは,捏造,改竄,盗用には当たらないが。だが,これを研究者個人の倫理のみに押しつけるのは,どうだろう。

「松澤氏によれば,『研究不正等の推定発生件数はの変動傾向が,わが国の科学技術政策の変遷に比較的よく一致している』という。」

つまり,STAP細胞問題も,理研の独立行政法人化を背景に考えないと,浅いものになってしまう。そう考えれば,独立行政法人化された国公立大学でも,同じことが起きているということを暗示している。深い底は,見えてこない。

参考文献;
榎木英介『嘘と絶望の生命科学』(文春新書)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:30| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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