2014年12月19日

透明


少し前のことになるが,友人が吹きガラス作品を展示しているというので,

http://www.knulpaa.com/%E9%9D%92%E6%A8%B9%E8%88%8E%E7%A1%9D%E5%AD%90%E5%B7%A5%E6%88%BF%E5%B1%95_2014/

に伺ってきた。吹きガラスというのは,

「熔解炉などで高温溶融されたガラスを,吹き竿に巻き取って,息を吹き込んで成形するガラス工芸技法」

だそうであるが,「空中で息を吹き込む『宙吹き』と,型に入れて空気を吹き込む『型吹き』」があり,

「はじまりは,『型吹き』だったといわれている。模様をつけた型に溶けたガラスを流し込んで,パイプで息を吹き込む。すると,凹凸が逆になった模様がガラスに写しとられる。ローマ時代には,石や粘土の型がさかんに使われていたらしい。『宙吹き』が確立されてからは,さらに簡単に,さらに早く,ガラス製品が作れるようになり,それまでの製造法に比べて,200倍近い生産ができた,ともいわれる。」

なのだそうであるが,この宙吹きと呼ばれる製造法は,

「エジプトのアレクサンドレイアで,紀元前1世紀の後半に発明された」

というから,かなり古くからある。

「もともとは植物の灰の中の炭酸カリウムを砂の二酸化ケイ素と融解して得られたので,灰を集めて炭酸カリウムを抽出するのに大変な労力を要したのでガラスは貴重なもの」

だったに違いない。僕のイメージでは,

江戸風鈴(ガラス風鈴を戦後になってそう名づけた)
というか
ビードロ

がそうなのではないか,と思う。ビードロは,

ガラスの古称。室町時代末にポルトガルやオランダから長崎にもたらされた舶来のガラス器の当時の呼称,

で,ギヤマン・ガラスとも称した,というが,例の,切手にもなった,喜多川歌麿の美人画で,『ビードロを吹く女』が思い浮かぶ。

これは,ぽぴんは,ぽっぺん,ぽんぴん,ぽっぴんともいう,近世のガラス製玩具。こんな説明がある。

「首の細いフラスコのような形をしていて,底が薄くなっており,長い管状の首の部分を口にくわえて息を出し入れすると気圧差とガラスの弾力によって底がへこんだり出っ張ったりして音を発する」

という。ガラス製なので,ビードロと,当時のポルトガル語で呼んだのだろう。

吹き出してカタチにしていくところは,何だろう,空気を形にしていく感じがある。もともと透明にするのが難しかったはずで,

吹きガラス技法によって,ガラスは光を通すという特徴を持った,

という説明があった。それまでの方法(型に入れて空気を吹き込む「型吹き」)では,ぶ厚くて透明度の低いガラスしか造ることができなかったようだ。

「透明に近づいた理由は,より薄いガラス器が作れるようになり,光が通りやすくなったことと,ガラスを溶かす窯が進歩し,より高温でガラスを造れるようになったので,ガラス内の空気の泡や不純物が少なくなったこと,また,まじりものが少なくなったため」

だとされる。

たぶん,透けて見えるということの感動は,ある種,

光を手に入れた感じ,

に近いのではないか。で,ふと疑問を感じる。いつ人類はガラスを手に入れたのか。

「紀元前4000年より前にエジプトやメソポタミアで二酸化ケイ素(シリカ)の表面を融かして作製したビーズが始まりだと考えられている。原料の砂に混じった金属不純物などのために不透明で青緑色に着色したものが多数出土している。」

という。ただ,天然ガラスの利用はさらに歴史はもっと古く,

「火山から噴き出した溶岩がガラス状に固まったものは黒曜石と呼ばれ,石器時代から石包丁や矢じりとして利用されてきた。古代ガラスは砂,珪石,ソーダ灰,石灰などの原料を摂氏1,200度以上の高温で溶融し,冷却・固化するというプロセスで製造されていた。」

という。ガラスというのは,

「昇温によりガラス転移現象(ガラス転移が起きる温度)を示す固体となる物質。このような固体状態をガラス状態と言う。古代からケイ酸塩を主成分とする硬く透明な物質」

を,まあ,総称してガラスというらしいが,熔解温度を下げるのと,透明度を下げるという矛盾した課題を達成する努力が重ねられ,無色透明のクリスタルガラスに至ることになるらしい。プラスチックも合成樹脂もその延長線上にある。

しかし,透明というなら,氷の造形というのもある。しかし,調べてみたが,よくわからない。氷で造形しようと思ったのは,ガラスからの転用なのではないか,と疑ったが,あの削り出す作り方は,彫刻の延長というふうに考えた方がいい。

いやいや話がずれた。どうも,造形しやすさと透明性とは別の魅力が,今日の吹きガラスをしようとするのにはあるのではないか,という気がしないではない。

ひとつとして同じものはない,

そうだが,そこには,一つ一つを吹く時のこちらのありよう次第で,変わるということだ。技量もそうだが,作り手の気分や精神のありようも左右するに違いない。もし同じものを造ろうとするなら,型にはめた方が早い。そうではなく,一つ一つ違うから,造るのが面白いのではないか。

ここからは想像だが,吹き手の手練に応じて,カタチもさることながら,薄さと透明度が勝るのではないか。透明とは,

その先にあるものが透けて見えること

である。こんな説明があった。「透明」とは,

「光(可視光線)に対してのことを言う。そして光は電磁波の一種であるので,『透明である』とは,その物質と電磁波との間に相互作用が起こらず,電磁波の吸収および散乱が生じないということを意味する。ある物質が電磁波を吸収する場合,その物質は吸収した波長の補色に色づいて見える。例えば,葉緑素は赤色に相当する680–700 nmの波長の光を吸収するため,補色の緑色に見える。」

透明であるとは,光の存在を証明していることだ。あるいは,光そのものを造形する,といってもいい。より薄く,より透明に,よりイメージ通りの造形,というところに,何千年も前からの人類の努力の延長線上にある,と思うと,ちょっと見え方が変わる。

参考;
「吹きガラス技法」http://www.agc.com/kingdom/manu_process/history/history05.html






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 展覧会 | 更新情報をチェックする
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