2015年01月10日

当局者迷


「当局者迷」というフレーズを,昔手帳に書きとったまま,放ってあった。調べると,

当局者迷 傍観者清(旁观者清)」

と続くらしい。だから,

当事者は目がくもり傍観者はよく見える,岡目八目,

となる。これも,元は,

「碁を打っている本人は局面がしばしばわからなくなるが,傍で見ている人は却ってはっきりとわかっている,というところから派生して,当事者は問題の局面がしばしばわからなくなるが,部外者のほうが却ってはっきりと把握していることをいうようになった。」

とある。しかし,

当局者迷

だけなら,

知らぬが仏,

ということになる。裸の王様,と言い換えても的を外すまい。「知らぬが仏」は,「知るが煩悩」か「見ぬが秘事」と続く。知らない方が,幸せということもあるが,どこかに嘲りがある。

トンネルビジョンに陥りやすい,ということなのではないか。多く,迷路に入り込んだとき,頭の隅で,自分がトンネルに入っているのではないか,という疑念がかすめる。人は,メタ・ポジションにも,メタ・メタ・ポジションにも立てる。それがそう囁いている。しかし,信じているというか,思い込んでいるというか,妄想に陥っているときは,そこしか見えない。

これしかない,
とか,
この道しかない,

等々というのは,もはや迷路に入り込んでいる証拠である。ヴァレリーだと思ったが,

アイデア一杯の人は決して深刻にならない,

と言った。選択肢が一杯あることを知っているからだ。この選択肢が一杯だせることを,発想力が豊かと言うが,思い込んだ結果,鬱に落ち込むか,ひと様を巻き込んで,一緒に奈落に陥るか,のいずれかである。だから,トンネルビジョンに陥ったときは,まずは立ち止まり,

距離を置く。

時間的にか,空間的にか,距離を置く。いまひとつ,自分を他人の目でみるという手もある。たとえば,自分の尊敬した人の目で,「その人なら自分をどう見るか」と,いわゆるエンプティチェアの独演である。しかし,所詮,自己対話に過ぎない。限界がある。

だから,優れたトップは,別の声を必ず傍に置く。ホンダやトヨタの例を出すまでもなく,秀吉なら,小一郎(秀長)であり(堺屋太一『豊臣秀長―ある補佐役の生涯』がある),家康なら本多正信,と言うところだ。しかし,小一郎死後秀吉がトンネルビジョンに陥ったように,ひとり舞台となると,自分の妄想から出られなくなる。

軍師と言うのは,講談本ならともかく,日本には存在しなかった。たとえば,

「軍師は,西欧の軍制度における参謀などと異なり,軍司令官的な存在とも対等,ないしやや上位の関係にあり,賓客(要人),顧問的な立場であった。時として君主の師匠扱いもされ,君主より上位の存在の場合すらあった。」

と言うが,こうした軍師像は,儒教道徳的な考え方,後世のイメージによって創作された部分が大きく,実際に軍司令官的存在に対し,上位の立場で軍事にのみ助言する軍師という存在は『三国志演義』・『水滸伝』,あるいは日本の戦国時代を基に作られた軍記物などの創作の世界にのみ登場する存在,らしい。

たとえば,ウィキペディアでは,

「官制上の軍師は,両漢交替期の群雄が名士を招聘したことに端を発する。劉秀配下の鄧禹における韓歆,隗囂における方望が当時の軍師の例である。諸軍閥は軍師を文字通り『師』として,帷幄で謀略をめぐらす任務を託した。群雄と軍師との関係は君臣の間柄ではなく,軍師は進退去就の自由を有する賓客として遇された。両漢交替期の軍師は戦時体制下の臨時職であったため,後漢の中国統一ののちに廃止された。」

とあるから,今川義元の,朝比奈泰能,太原雪斎がそれに近いのかもしれない。軍師と言うより,師と言う感じである。その意味では,上杉景勝の直江兼続は,家康の本田正信に近い存在かもしれない。謀臣ではあるが,軍師ではない。対話対手,という言い方が近い。

実際,秀吉の軍師として有名な官兵衛も,肝心の賤ヶ岳の合戦には,戦場にいなかったことが,官兵衛に指示する文書から明らかだし,竹中半兵衛も,将官に過ぎず,秀吉を動かせる人物ではない。第一,官兵衛も,半兵衛も,信長の家臣で,あくまで信長の指示で秀吉を与力しているにすぎない。

自己対話は,多く妄想を増殖させる。それを煽るのが,佞臣。つまりへつらう臣である。多く,その実像は,今日の日本の為政者周辺で見ることができる。メディアのトップ,産業界のトップまで,官房秘密費で,飲食し,「いわゆる同じ釜の飯を食う」に近い状態にしている。これでは,自己増殖は止まらない。

自己対話に,批判的な視点をいれるのが,いわば,謀臣であり,参謀であると思う。謀臣とは,はかりごとを立てる臣,という意味と,主君に反逆する臣下の意味とがある。参謀とは,指揮官を補佐して,作戦,用兵その他一切の計画・指導に当たる人,である。因みに補佐とは,人の仕事を助ける人,とある。補佐は,輔佐ともかく,

「補」の字の, 「甫」は,

田んぼの(「圃」)原字。平らにへばりつくの意をもつ。「おぎなう」意である。

「衣+甫」で,布切れを平らにして,破れ目にぴたりとへばりつかせる,

という意になる。で,「補」の意味は,「おぎなう」だが,

衣服の破れ目に布切れをあてがう(「補綴」「補衣」)
不足しているところをたすける(「補欠」)
利益やためになる助け(「小補」)
助ける役

といった意味の広がりになる。では,「輔」は,

「車+甫」

で,車に沿えた添え木。だから,「輔」の意味は,たすけるだが,添え木,という意味で,

車を補強する添え木(「輔車」)
その人のそばにひたとくっついて力を添える
そばに寄り添って助ける

というように,寄り添う添え木の意味が強い。

因みに,「謀」は,楳=梅の原字。暗くてよくわからない,意味。したがって,はかりごとは,陰謀とか謀議とか,あまりいい意味はない。となると,「輔」の添え木ではない,「補」の,不足やかけているものを補う,「補佐」が,この場合の「傍観者」に当たる。

今日,どれもこれも,金太郎飴のように,悪相で,人品骨柄の賤しい人間しか周りにいないのは,トップの器量そのものの反映である。沖縄県知事への対応を見ている限り,到底,人物ではない。しかし,そんな人物をトップにいただくことは,残念ながら,それ自体が,日本人すべての器量の反映である。内誉めでなければ,外からは,そう見えるはずである。







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posted by Toshi at 05:05| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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