2015年01月24日

士と師


僕には縁がないが,士業という言葉があるらしい。

名称の末尾に「士」の文字がついている場合が多いということに由来しているらしい。「-士」だけに限らず,「-師」の名称も含むため,「士師業」「師士業」などとも呼ばれる。

呼称は,資格は,無資格者の実施が禁止されている業務を行うことが許可される業務独占資格と,その名称を用いて業務を行うことが許される名称独占資格とに分かれる。

しかも,

士業には営利目的ではなく職能であるという意味がこめられている。従って一部の士業では,株式会社を始め普通法人などを設立・兼業する事が許されていない。

という。なかでも,八士業というのが代表的で,

弁護士,司法書士,土地家屋調査士,税理士,弁理士,社会保険労務士,行政書士,海事代理士

を指すらしい。師と士の違いが分かりにくいのは,

傷病者や褥婦の看護や診療の補助を行なうことを業とする看護師(士)。かつて女性は「看護婦」,男性は「看護士」と呼ばれていたが,2001年に保健婦助産婦看護婦法が保健師助産師看護師法に改正されたのに伴って,2002年から男女とも「看護師」に統一された,

という例だ。なぜなら,「士」は,

おとこ
あるいは
諸侯・大夫・士の「し」
あるいは
学問や知識によって身を立てる士(「士不可以不弘毅」)
あるいは
士農工商の「士」
あるいは
士官,兵士の「士」も弁護士の「士」

を意味し,象形文字に由来する。すなわち,

男の陰茎の突き立ったさまをえがいたもので,牡の字の「士」でもある(本来「土」ではなく「士」らしい)。

とされ,成人は自立するおとこの意。「事(旗を立てる)」と同系,「仕(身分の高い人のそばに立つおとこ)」とも同系。日本語の「し」は,漢字音「シ」をそのまま使っていて,

人に仕えるもの,官にある男子,

といった意味になる。つまり,おとこ,という意味が元来ある。しかし,そう言えば,「殿さま」や「トップ」は,「士」とは言わない。

一方,「師」は,

戦,軍隊(周代,2500人を一師といった)
とか
大勢のひとがあつまる(京師)
とか
先生,人に教える人(子弟)
とか
職業

といった意味になり,「師」の字の,

左側は,隊や堆と同系の言葉,右側の「帀」は,ぐるぐる回ること,の二つを重ねたもので,
(異説には,「阜(おか)」+「帀(之の倒字,めぐり集まる)」で)

あまねく,人々を集めた大集団のこと,転じて,人々を集めて教える人,

という意味になる。

所謂士業のうち,「師」を使うのは,看護師,保健師,助産師以外は,

医師,歯科医師,薬剤師,臨床検査技師,診療放射線技師,鍼灸師,あん摩マッサージ指圧師,柔道整復師,理容師,美容師,

等々,理容師も,

中世の欧米諸国では理容師は外科的処置を行う外科医,歯科医師でもあった。

と言われているから,その流れから言うと,「医療補助職」のお仲間にということになる。

臨床検査技師,診療放射線技師は,技師の師なので,ちょっと例外かもしれないが,ここでも,なぜ歯科技工士は歯科技工技師ではないのだろう。「技師」と「士」の使い分けも,さらには,臨床工学技士というのもあり,「技士」と「技師」の使い分けも,気になる。

これ以外は,

義肢装具士,社会福祉士,介護福祉士,精神保健福祉士,救急救命士,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士,視能訓練士,臨床工学技士, 歯科技工士,

等々,「士」である。これらは比較的新しい資格が多いのだとすると,「士」とつけるには,根拠があるらしい。

最近は,カタカタの者が多くなって,カウンセラーやセラピストというが,資格名となると,臨床心理士となるし,フィナンシャルプランナーも,ファイナンシャル・プランニング技能士となる。「師」ではなく,「士」になる。この辺りの,法律上の「士」と「師」の区分けは,何か基準があるのだろうか。

ここからは,憶測だが,「士」は,一人業という気がする。その人の力量次第という感じだ。そして,どことなく。「おとこ」のにおいを残しているような感じがなくもない。

あるいは,もう少し踏み込むと,「師」の仕事には,チームという側面がある。「チーム医療」ということが最近言われるらしいが,医師一人ではなく,周囲の補助やサポートをする人があって初めて,診断と治療ができる。医者は,そうは思っていない人が多いらしく,「医師」でははなく,「医士」の人が目につくようだが。

この辺りへの疑問は多いらしく,答えを出そうと悪戦苦闘している。いくつかネット上から拾ってみると,たとえば,医療現場の声として,

「『師』は業務独占ができる職業で,『医師』『看護師』などがそれにあたります。業務独占とは,他の人がその業務に携わることができないものを指します。一方『士』は名称独占ができる職業で,『理学療法士』『作業療法士』『栄養士』等々。これは他の人でも精通していれば,その職業を行うことができます。
『業務独占』『名称独占』の違いというもの関係あるのではないでしょうか。
業務独占は,資格がなければその業務が行えない。資格がない状態でその業務を行うと刑罰の対象となります。医師,看護師,准看護師,薬剤師,診療放射線技師など,多くの医療資格が当てはまります。
名称独占 資格がなくてもその業務が行えます。しかし,資格がなければその名称を名乗れません。理学療法士,作業療法士,調理師,介護福祉士,社会福祉士などが該当します。
医療や介護の世界で資格は,実は『業務独占』と『名称独占』というものに大きく分かれています。
たとえば,人の命に関わる医療の場合,医療行為というのは基本的に禁止行為となっており,専門的な教育,訓練を受けて,その禁止行為を行うことを許されたのが『免許』です。このように,禁止行為が可能となる免許が必要な資格のことを『業務独占』といいます。一方,『名称独占業務』は,資格がなくても業務が行えるため,当然ながら業務独占より給与面等で待遇が悪くなってしまいます。」

とあり,これが,順当な解答なのかもしれない。資格は,無資格者の実施が禁止されている業務を行うことが許可される業務独占資格と,その名称を用いて業務を行うことが許される名称独占資格とに分かれる,という論旨とあう。

ただ,「師」のつく職業は,明治維新前から,医師,薬剤師(薬師),陶工(土師),美容師(髪結師),漁師,猟師などがあり,「士」は使えない,という説明があった。

「『士』は『物事を処理する才能のあるもの』。才能をもって官に使えるのが本来の意味。そのため,武士,力士(江戸時代では藩のお抱え),騎士などに使われます。職業(資格,免許などが必要なもの)における『士』も同様で,行政書士,弁護士,税理士,公認会計士,不動産鑑定士などが「士」になります。
『師』は人を集めた大集団であり,そのことから『人の集団を導く者』『教え導くもの』になったとされています。このことから,教師,能楽師,牧師などに使われます。職業による『師』では,医師,美容師,薬剤師,理容師などがこれに当たります。『保育士』も集団を導くと考えられますが,その対象が子どもに限定されていることもあり,「士」になったと思われます。
もう一つ『司』がありますが,こちらは『役所』という意味で,その役に対して責任を持つ者ということです。そのために行司,国司など使用例は多くありません。職業としては児童福祉司,保護司などです。」

このあたりが,一応の最終整理にはなっているのかもしれない。因みに,「司」は,

つかさどる
とか
一事に通じてそれを役目を担当する(「有司」,「行司」もそれか)
とか
役人
とか
役所

の意で,

「人+口」

から成り,厂は,人の字の変形。口は,穴のこと。小さな穴からのぞく,ことを表す。「覗」「伺」「祠(神意をうかがう)」の原字。そこから転じて,「司察」の「司」,よく一事を見極める。の意になった。

ただ,師と士の区別がなかなか一筋縄ではいかないのは,五百年前の『七十一番職人歌合』の,百四十二人の職人の中に,「れんかし」という職人がいた。そこでは,「連歌師」と書くが,かつては,

連歌士

と表記されたらしい。師匠ではなく,連歌の練達の士という意味だろう。「士」が男だからというのではない。

女連歌師

がいたことが,『筑波問答』にあるという。「師」が指導するというニュアンス,宗匠,師匠の意味である。で,「士」は,おとこあるいは,一人で技(業)を売る人,という意味だろう。で,力士,金剛力士。

その意味では,職業を指す,猟師,漁師,薬師,医師で言う,「師」とは「師」の発生系列が違うのだろう,と思う。

「師」という言葉には,グループというか集団というイメージが付きまとうが,連歌師は,「師匠」でもあるが,思えば,百韻で十人,千句,二千句となるとかなりの人数を一つの場に取りまとめて,一つの作品にまとめ上げていくディレクターの役割がある。ま,「士」よりは,「師」のイメージの方が正しいかもしれない。

正直,ここまで探っても,なお探り出すとさらに迷路に入り込むのは,例えば,律令制下の日本における典薬寮の職員には,

医師,針師,按摩師,呪禁師,医博士、針博士、按摩博士、呪禁博士、薬園師,

等々とあり,ここでは,「博士」と「師」が使い分けられている(これは何とかわかるにしても)。さらに,前出の,『七十一番職人歌合』で見ると(見間違いでなければ),

摺師,包丁師,縫物師,組師,陰陽師,絵師,冠師,轆轤師,唐紙師,仏師,経師(表具師)。

と書くが,

蒔絵士,筏士,塗士

は,「師」を当てていない。摺師は,師で,なぜ蒔絵士は士なのか,しかも,研(とぎ)は,「研」だけで研士とは書かない。こうなると,区別の基準が見えず,もう迷路である。

はて,さて,以上,師と士について,なんとなく,やみくも巨象を撫でただけの感がある。ただずっと頭の隅に引っかかっているのは,ひょっとすると単に,発祥の律令制時以来,役人の趣味嗜好(?),おもいつき,省益の反映,あるいは前例踏襲癖といったことだけではないのか,という,疑念が,拭えないのだが。。。

参考文献;
綿抜豊昭『戦国武将と連歌師』(平凡社新書)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 言語 | 更新情報をチェックする
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