2015年02月12日

言葉遣い


ある年代になると,若い世代の人間の言葉遣いが気になるものらしい。言葉がわからないのは困るが,それ以外,僕は気にならない。まあ,多少ため口が過ぎると,むっとすることはあるにしても。

せんだって,『妲己のお百』の語りをうかがってきたが,それについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/413694128.html?1423341769

で触れた。その折,作家の藤浦敦さんが,江戸のことを知りたいなら,三田村鳶魚か岡本綺堂(は随筆のみ)という話が出た。そこで早速ネットを調べると,無料のKindle本があるので,『中里介山の「大菩薩峠」』を読んでみた。

全編,言葉遣いと,歴史の誤りのダメ出しのオンパレードである。

僕は,この本は読んでいると,特に,土方歳三らが清川八郎を襲撃しようとして,間違えて島田虎之助の駕籠を襲って場面については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163234.html

で触れたことがある。このシーンには結構思い入れがあったのだが,鳶魚先生に言わせると,

「『新徴組は野武士の集団である。野にあつて腕のムヅ痒さに堪へぬ者共を幕府が召し集めて、最も好むところの腕立てに任せる役目』云々とある。これでは相当腕前のある、立派な人間ばかり集めたようにみえるが、事実の方からいえば、大変な間違いで、あの中には、随分いい加減ぶしな人物が入っていて、小倉庵事件では青木弥太郎の下回りを働いて、泥坊をやったやつさえある。それに浪士ばかりじゃない、随分剣道の心得のないやつもいたので、腕前が揃っていたなんぞは、とんでもない話だ。大分向う見ずの奴等が多く集った、というならいいかもしれない。一二六頁に『彼等は皆一流一派に傑出した者共で』などとあるのは、全く恐れ入ったことと言わなければなりますまい。」

と身も蓋もない。鳶魚先生には,別に,『話に聞いた近藤勇』というのがあって,そこで新徴組のこと,新選組のことが詳しく書いてあるのだから,当然かもしれない。

しかも,その襲撃シーンについても,

「土方が大将になって清川を要撃する。ところが駕籠が間違っていて、中にいたのは、当時有数の剣客島田虎之助だから堪らない、皆斬りまくられてしまう。それはいいが、駕籠の中をめがけて刀を突っ込んでも、何の手応てごたえもない。これは島田が『乗物の背後にヒタと背をつけて前を貫く刀に備へ、待てと土方の声がかゝつた時分には、既に刀の下げ緒は襷に綾どられ、愛刀志津三郎の目釘は湿されて居た。空を突かした刀の下から、同時にサツと居合の一太刀で、外に振りかぶつて待ち構へて居た彼の黒の一人の足を切つて飛んで出でたもの』で、外の者は全くそれに気がつかなかったようになっている。いくら名人の剣術遣いでも、そんなおかしなことが出来得べきものではない。」

「それから島田虎之助に向った加藤主税、この両人が斬り合うところに、『鍔競合の形となりました』と書いてある。へぼくたな人間どもなら、かえって鍔競合なんていうこともあるかもしれないが、これは両人ともすぐれた剣客である。殊に島田のごとき、当時の第一人とさえ聞えた人物に、鍔競合なんてばかげたことがあろうはずがない。」

等々とあって,何だか,自分が感激したのが恥ずかしくなるくらいの貶めようである。で,肝心の言葉遣いだが,こんな調子なので,随所に赤ペンが入る。

「本郷元町の山岡屋という呉服屋へ、青梅の裏店の七兵衛という者が訪ねて来る。そうして山岡屋の小僧に向って、『旦那様なり奥様なりにお眼にかゝりたう存じまして』と言っている。…これもいけない。『旦那なりおかみさんなり』と言わなければならぬところです。町家で『奥様』というのは、絶対にあるべからざることで、この近所にいくつも『奥様』という言葉が出てくるが、そんなことは江戸時代には決してない。…『以前本町に刀屋を開いておゐでになつた彦三郎様のお嬢様』ということが書いてある。刀屋を開いている、なんていう言葉も、この時代に不相応なものだ。お嬢様もお娘御と改めたい。」

「店に入って来たのが、『切り下げ髪に被布の年増、ちよつと見れば、大名か旗本の後家のやうで、よく見れば町家の出らしい婀娜なところがあつて、年は二十八九でありませうか』(五五頁)という女なのですが、これはどうも大変なものだ。何でも旗本の妾のお古で、花の師匠か何かをしている女らしいのですが、『大名か旗本の後家のやう』というのも、ありそうもない話だ。大名の後室様が、供も連れずに、のこのこ呉服屋なんぞへ買物に来るはずのものでなし、旗本にしたところが、同様の話です。しかも『よく見れば町家の出らしい婀娜な処がある』というんですが、そんなものが大名や旗本の家族と誤解されるかどうか、考えたってわかりそうなものだ。江戸時代においては、そんなばかなことは決してない。」

ここにあるのは,外見,髷の結い方で,まず身分がわかる。伴もつれずに一人だあることはない,ということが,当たり前であった時代と,それが遠い昔,といっても,介山は,明治四年生まれ,『大菩薩峠』の連載が,大正二年,書籍になったのも。大体そのしばらく後と考えれば,いまに較べたら,江戸時代は,戦前より近いのに,すでに,そこがわからなくなっている。ついでながら,

「『下級の長脇差、胡麻ごまの蠅もやれば追剥も稼がうといふ程度の連中』ということが書いてある。『下級の長脇差』というのは、博奕打の悪いの、三下奴とでもいうような心持で書いたんでしょうが、博奕打は博奕打としておのずから別のもので、護摩ごまの灰や追剥を働くものとは違う。追剥以上に出て、斬取強盗をするようなやつなら、護摩の灰なんぞが出来るはずはない。作者は護摩の灰をどんなものと思っているのか。要するにその時代を知らないから出る言葉だと思う。
 六九頁になって、文之丞の弟の兵馬という者が、『番町の旗本で片柳といふ叔父の家に預けられてゐた』と書いてあるけれども、三十俵か五十俵しか貰っていない千人同心が、旗本衆と縁を結ぶことはほとんど出来ない。従って旗本を叔父さんなんぞに持てるわけがない。」

この辺りも,身分というものの実感がないから,わからなくなっていることのつながりだろう。さらに,

「お銀という馬大尽の娘のことを書いて、『着けてゐる衣裳は大名の姫君にも似るべきほどの結構なものでありました』とある。いくら大百姓でありましても、大名の息女に似寄ったなりなんぞをするということが、この時代から取り離れたことでありますし、…この女が髪の美しい女であって、『それを美事な高島田に結上げてありました』とも書いてあるが、大名の姫君というものは、高島田などに結っているものではないはずだ。…この娘が父親のことを、『父様』といっている。いくら大尽の家の親父にしたところが、その子供が『父様』なんていうことはないはずだ。…この馬大尽の家の女どもが、主人のことを話している。…この家の女房のことを、『奥様奥様』と言っているのは、例によっていけません。『変なお屋敷でございますよ』ともあるが、百姓の家をお屋敷というのも何だか変だ。」

「甲府の御城の門番…をしている者が、お君に向って『一応御容子を伺つて来るからお待ち召されよ』と言っている。どうも不思議な言葉を遣うもんだ。『何と仰有るお名前ぢや』とも、『有野村の藤原の家から来たお君殿』ともあるが、百姓の家から使に来た女――これは町人にしても同様ですが、それに対して『お名前』だの『お君殿』だのという言葉を遣うわけはない。足軽にしたところが、同心にしたところが、そのくらいの心得はあるはずだ。それにこういう場合は、やはり八右衛門とか、伊太夫とかいう名前をいうところです。たとい大尽でも百姓だし、かつまたその使に来た女なのですから、それに『お』の字や『殿』の字をつけるはずがない。それでは士分の者から来た使には、何といったらいいか。こういうふうなところから眺めてまいりますと、百姓や武家の生活はどんな状態にあったか、まるで作者は心に置かずに書いたようにみえる。」

結果として,身分というものを意識しないで,接客としての言葉遣いになっているからなのだろう。言葉遣いが,身分で,まったく違い,だからこそ,

「よのなかは さようしからば ごもっとも そうでござるか しかとぞんぜぬ」

と武士を皮肉ることで面白がったのに違いない。これについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/406373501.html

で書いたことがある。古典落語の,『政五郎出世』(「妾馬」)の可笑しさもそこに由来する。

とはいえ,言葉遣いだけは,昔の言葉同様にはいかない。せめて,身分というものの重みがあった時代だということは弁えていないと,小説とはいえ,とんでもないことになる。

「お松という女が、例の山岡屋へ買物に来ていた、花の師匠か何かのところに世話になっていて、四谷伝馬町の神尾という旗本の屋敷へ、奉公に出る話が書いてある。この四谷伝馬町はどういう町であったかというと、これは市街地で、武家地ではない。武家地でないのだから、大きな大名でありませんでも、旗本衆の屋敷でもそういうところにあるはずがない。これは決してあるを得ないことです。」

というダメ出しは,最悪かもしれない。

参考文献;
三田村鳶魚『中里介山の「大菩薩峠」』(青空文庫)
三田村鳶魚『話に聞いた近藤勇』(青空文庫)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 05:45| Comment(0) | 言葉遣い | 更新情報をチェックする
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