2015年03月08日

うつつ


「うつつ」は,



と当てる。意味は,

(死んだ状態に対して)現実に生きている状態。現存。
(夢や虚構に対して)目覚めている状態,この世に現に存在しているもの。現実。
気が確かな状態。意識の正常な状態。正気。「―に返る」
(「夢うつつ」「夢かうつつか」と言うところから誤って)夢とも現実ともはっきりしない状態。夢見心地。夢心地。

といった意味になる。「うつつ」の語源は,諸説あるらしいが,手元の辞書には,

ウツシ(顕)の語幹のウツを重ねた

「ウツ(現実)+ウツ(現実)」

の約で,目覚める意,とある。しかし,「うつうつ」を辞書(『広辞苑』)で引くと,

半ば覚め,半ば眠っているさま,うとうと,うつらうつら,

とある。どうも,

夢うつつ,

が,本来,

夢と現実,

の意味なのに,

夢か現実か区別しがたいこと,

と誤用(?)とされているのは,『古今集』に「夢かうつつか」「うつつとも夢とも」等々と使われるうちに,夢と現の区別のつかない状態,

夢見心地

を指すようになった,とされる。ただ,ある辞書(『日本語 語感の辞典』)には,

「夢心地」や「夢見心地」が夢のような現実の意識を指すのに対して,この語は,実際に夢である可能性を否定しない,

とある。まあ,夢と現の曖昧な状態,という意味では,

うつつを抜かす,

の,「夢中になる」「心を奪われる」という意味で使われているのにつながるのかもしれない。「現」という意味の「うつつ」なら,現実にいる,という意味になるはずなのに,

夢うつつをぬかす,

の「夢」が抜けた状態で使われている。

ところで,「うつつ」には,「うつつ」の「うつ」が,

移る,

と同根,とする説があって,「現実感覚の移る」を「写る」「映る」と絡める説まである。間接的な情報なので,ここからは,妄説の類になるが,「移」は,

「禾(いね)+多」

で,もともと,稲の穂が風に吹かれて横へ横へなびくこと,横へずれる,という意をもつらしい。まあ,考えれば,現実は,流れる川に喩えられる。

うつせみ,

の「うつ」でもある。本来,

現身(うつしみ)

とする説もある。この世に生きている人間,の意味である。それが,音韻変化したこともあるが,元来生きている人,この世,という意味しか持っていなかったものが,平安時代以降(『万葉集』の「うつせみ」を「空蝉」つまり),

蝉の抜け殻

の意味と解するようになったので,はかなさ,無上のニュアンスをもつようになった,とされる。というよりは,この時代の終末思想,末世思想が,「うつせみ」に「空蝉」とあてさせたのだろう。その辺りが,「夢うつつ」を,夢見心地に変じさせた時代背景に見える。

なんとなく,うつつが夢とセットに浮かび,「うつつ」そのものが不確かで,移り行くものにみえている時代を映している。いま,では,現は,確かなのか。

「放射能と共に生きる」

「(放射能に汚染されていても)食べて応援」

「(何でもかんでも,デモも政権批判も,人質救出失敗の検証することも)テロ」

等々とテレビでいい,新聞で喧伝する,そのリアリティさのなさはどうか。一体どちらが,夢うつつなのか,と言いたくなる。日本社会は,いつまで,花見を続けているつもりなのか。足元の危機に迂闊すぎる。

「ありてなければ」

という言葉がある。

あるものはかならずなくなる,
いまあるものはほんとうにあるのか,ゆめかまぼろしか,

という意味だが,その状態に,いまわれわれはいるのか。その自己完結した世界観は,現代の,「うつつ」の中では,存在し得ない。にもかかわらず,夢うつつでいるのは,愚か,でしかない。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
竹内整一『「おのずから」と「みずから」』(春秋社)







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posted by Toshi at 05:37| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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