2015年03月20日

仏像


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丁度目的地までの時間つぶしのつもりで,東京国立博物館の特別展「みちのくの仏像」

http://michinoku2015.jp/highlight.html

http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4216

に伺ってきた。別に仏像に凝ってるわけでも,マニアでも,造詣が深いわけでもないが,仏像との出会いがいい。それについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/413133184.html

でも書いた。

「いい仏像を前にすると,大きさや輝きとは別の,大いなる雰囲気,醸し出す空気の中にいる,という感じがしてくる。引き込まれるとか,圧倒されるとかといったこととは異なる,周りには人のいないかの如く,ただその仏と一対一で向き合っている,そんな感じである。包まれているとか,見つめられている,と言うのとも少し違う。ただ,そこに立つ自分に対して,確かに,

向き合っている,

という感覚なのである。」

という感覚を味わいに出かけたようなものだ。客観的に仏像の出来不出来,国宝かどうかという評価とは別に,その仏像に面したとき,自分が周囲の人ごみから切り離され,まるで一対一で向き合っているような,あるいは,ただひたすら自分だけを視られているような,そんな感覚が,僕に瞬間来る。それが僕の,その仏像の,

いい悪い,

の評価でしかない。

案内パンフには,

「みちのくの仏像といえば、 一木造 ( いちぼくづくり ) 、 素地 ( きじ ) 仕上げ、力強い表現 などが思い浮かびます。その顔は悟りを開いた超越者ではなく、人間味があります。 厳しい自然に生きた人々の強さと優しさが表れているようです。」

とあり,

東北の三大薬師,

といわれる黒石寺(岩手県)・勝常寺(福島県)・双林寺(宮城県)の薬師如来坐像が,この特別展の売りであるらしい。しかし,僕は,会場へ入った直ぐの,入口正面に立った,

聖観音菩薩立像(岩手・天台寺),

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で立ちどまり,出口まで見終わって,また戻った。「鉈彫像」らしいのだが,そんなことよりは,佇まいがいい,と感じた。

違う意味では,同じ天台寺の,

如来立像,

の表情もいい。どこか近所の寺の知り合いの住職といった雰囲気の,朴訥さが顔に現れている。こんな顔の如来像は,初めてみた。これを拝む人には,親しみと和やかさを感じたに違いないと,思わず,笑みを返したくなった。

東北の三大薬師,

のなかでは,

勝常寺の薬師如来坐像,

http://www.vill.yugawa.fukushima.jp/kyouikuiinkai/bunkazai_02_chokoku.html

がよかった。

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如来像の頭頂に一段高く隆起 した部分を,「肉髻(にっけい)」(と言うらしいが),あるいは「頂髻(ちょうけい)」(とも言うそうだが)が,その部分がとりわけ大きい。ちょうどお鏡さんをかぶっているように見える。そこは,

智慧が多く脳みそが多く詰まっていることの象徴,

らしいから,とりわけ知恵を願ったのだろうか。双林寺の薬師如来坐像も,

http://www.pref.miyagi.jp/site/sitei/03yakusi.html

その傾向があった。

今回の展示には,円空作の立像が三体あったが,思わず立ち止まったのは,青森・西福寺の,

地蔵菩薩立像,

http://blog-imgs-71-origin.fc2.com/y/a/m/yamatokoji/20150222000056fce.jpg

だ。
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口元が微笑んでいるように見える。ちょっと口元の部分がへこんでいるのである。小さいのでわかりずらいかもしれないが,こんな地蔵像は見たことがない。厳かさはない。ないが,これを見ると,つまらぬことに拘泥する煩悩の徒を,笑われているような気がする。(よく知っているわけではないが)円空らしい,と感じた。

もう一つ気になったのは,青森・恵光院の,

女神坐像,

http://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=viewphoto&id=579&c=5

である。霊峰作井岳のふもとに伝わる,と注記があった。仏教的と言うより,八百万神の一人であるような雰囲気で,母なる山の神そのもののように見え,誰にとっても,自分の母親のイメージを思い浮かべさせるが如き印象を受けた。これだけが異質で,浮き上がって見えた。

最後に,宮城・給分浜観音堂の,

十一面観音菩薩立像,

http://michinoku2015.jp/smartphone/highlight_works04.html

がとりわけそう感じたが,総じて,「陸奥の仏像」は,小鼻の張った,顔の真ん中に蟠踞した(胡坐をかいた)ように,鼻が大きい。三薬師坐像もそうだ。

かつて,都から招かれてきた仏師は,当時の東北の人々の顔を写してそうしたのだろうか。あるいは,単なる思い過ごしかもしれない。でも,僕には,東北の仏像が,総じて,大きな鼻を持っているというのが,気になった。








今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 展覧会 | 更新情報をチェックする
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