2015年03月23日

絵画者


墓参りの途中で鰻を食べに途中下車した浜松で,近いと聞いて,浜松城まで出かけ,正直,トイレを借りるつもりで入った美術館で出会い,

絵画者・中村宏展,

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http://www.hcf.or.jp/calendar/detail.php?id=15083

http://www.art-annual.jp/news-exhibition/news/46201/

を拝見してきた。御存命であるが,大学時代の作品から最新作まで新旧の名作を一堂に集めた回顧展である。

パンフレットには,

「本展は、当館所蔵作品、国立近代美術館ほか日本各地の美術館に所蔵されている作品、作家蔵の作品から、表現の変化が見られる各時代の代表的作品約60点を紹介します。大学時代に描いた作品から、最新作である『消失点』シリーズにいたる作品を7つの章に分けて展示することで、その画風の変遷を紹介し、絵画者・中村宏の全貌に迫ります。『絵画とは何か』という問題に真摯に向き合った作品群から、改めて『絵画を観る楽しさ』を味わっていただけたらと思います。」

とある。中村宏についても,

「1950年代からおよそ60年にわたり、『ルポルタージュ絵画』、『観念絵画』、『タブロオ機械』といった独自の方法論を展開し、今なお第一線で活躍しています。自らを『絵画者』と名乗り,タブロオ(板絵やカンヴァス画、完成された独立した絵画)を理論化し、新たな絵画表現を切り開いてきました。
 2012年には、ニューヨーク近代美術館(MoMA)において、戦後の日本の美術史を代表する作家の一人として紹介され、日本においても国立近代美術館、森美術館など数多くの美術館で取り上げられています。この時代と世界性のなかの絵画者は浜松市出身で、題材の原風景がこの浜松市にあるものも数多くあります。」

ともある。

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中村宏,

児童文学の挿絵を担当する際は「中村ヒロシ」,

の表記らしいのだが,正直に言うと,うっすら名を聞いたことがある程度のお名前であった。しかし,なかなか面白い。回顧展なので,どう世に出て,何をしてきたかが,画期として,括られている。しかし,

ルポルタージュ絵画,
  ↓
モンタージュ絵画,
  ↓
観念絵画
  ↓
観光芸術,
  ↓
時の流れ,運動の変化を生み出す絵画,

と,ご自身のキャッチフレーズを,もっと正確に言うと,

旗幟,

を鮮明にして,描いてこられた軌跡が,これだけ鮮やかな画家(絵画者)は,日本には,余りいないのではないか。それだけ,テーマというか,問題意識(というか絵画理論)を鮮明にし,一貫して,絵に取り組んできた,という意味だろう。

絵画者,

と自称されているのは,画家や絵画作家や作家と言った(芸術家風の)呼称を嫌っている,という主張でもあるのだろう。

想像だけで書くので,間違っているかもしれないが,社会主義リアリズム,アヴァンギャルドといった,左派の芸術運動と関わりながら,やってこられたのであろうから,花田清輝や赤瀬川源平あたりともつながるのだろう,などと想像しながら拝見していた。

思想ないし,観念で,絵に取り組むというのが,是か非かは,知らない。しかし,観念が勝ちすぎると,ときに絵は,失速する,と僕は思っているが,そのつど,ご自分に超えるべきハードルを課し,それを超えていくエネルギーに驚嘆するしかない。ときに,観念が先立つことがあっても,僭越かもしれないが,その絵筆の技量が,それをカバーしている,という印象である(機関車をはじめとするメカニックなものの表出などでよくわかる気がする)。

社会主義リアリズムの「ルポルタージュ」期よりは,そこから脱出するエネルギーにあふれた,「モンタージュ絵画」期の絵がいい。

「島」

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「基地」

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「内乱期」

がいい。

「観念絵画」から「観光芸術」期の,代表作,

「円環列車・B-飛行する蒸気機関車」

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も確かにいい。いいが,僕はリアリズムから脱皮し,蛻変していく作家のエネルギーそのもののような,変身期の作品群のもつ爆発力が一頭である。この辺りになると,ポップアートとつながるという意味では,横尾忠則とも隣接する部分がある気がする。

その意味では,社会主義リアリズムからの画期となる(出品目録からだけで言うが),

「島」

や,観念芸術の画期となる,

「場所の兆し」

といった,転換期の作品に,エネルギーがあふれているように感じる。ハードルを越える,「よっこらしょ」という掛け声が聞えそうである。いい表現かどうかわからないが,

猥雑さ,

がエネルギーの表現になっている。それが洗練されるにつれて,

端正に,

成るにつれて,思い過ごしかもしれないが,エネルギーが鎮静されていく気がする。

しかし,いい一期一会をいただいた。僥倖に感謝である。

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posted by Toshi at 06:09| Comment(0) | 展覧会 | 更新情報をチェックする
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