2015年04月03日

あの世


岸根卓郎『量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」 』を読む。

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本書は,いわゆる宇宙論の中で,「人間原理」と言われる立場に立っている。著者は,それを,

「私たち〈人間〉は単なる宇宙の観察者であるばかりか,〈宇宙の創造者〉でもあり,しかもその〈宇宙〉はまた私たち〈人間〉に依存している」

とし,こう説明する。

「宇宙の〈万物〉や宇宙で起こるさまざまな〈出来事〉は,すべて〈潜在的に存在〉していて,私たち〈人間〉がそれを観察しないうちは実質的な存在(実在)ではないが,〈観察〉すると突然〈実質的な存在〉(実在)になる。」

と,それを象徴的に,

「月は人間(その心)が見たときはじめて存在する。人間(その心)が見ていない月は存在しない」

という言い方をする。それを解くための背景が,量子論なのである。一件,スピリチュアリティに堕しそうで,しかし量子論の論拠を外さない。そこが,説得力を持つゆえんであろう。

人間原理については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163436.html

http://ppnetwork.seesaa.net/article/394437227.html

で触れたように,現代宇宙科学の一大潮流ではある。

「〈宇宙〉は,〈人間による認知〉を待っている」という,その人間原理を例証していく,第一が,「光と同様,粒子と見なされていた電子などの物質粒子にも,波としての性質,物質波がある」という「物質波理論」である。

マックス・ボルンやニールス・ボーアらは,「〈物質粒子の波〉は,その〈粒子の発見確率〉を表している」とし,

「電子を波と考えると,電子の発見確率は,その電子の波の振幅が最大の場所で最大となり,幅がゼロの場所では最小となる。」

というのである。そして,

「〈電子の波〉もまた〈確率波〉である」

こと,そして,

「〈電子の波〉は,〈観察〉すると一瞬にしとて〈一点に収縮〉するという電子の波の収縮,いわゆる〈波束の収縮〉」

をも明らかにした。別名,「波動関数の収縮」とも「量子飛躍」とも呼ばれるが,この解釈は,「コペンハーゲン解釈」と呼ばれる。

たとえば,電子が一個入った箱を二つに分断して,京都とパリに置いたとする,箱を開けるまでは,両方の箱の中には「電子の波」が共存している。しかし,どちらか一方で,箱を人間が開けた瞬間,「波束は収縮」して,開けた方の箱だけに,「一個の電子」が見つかることになる。

注目すべきは,箱を開けた瞬間に,瞬時にその情報が伝わる,ということである。波束の収縮における情報伝達のスピードは,アインシュタインの特殊相対性理論で言う拘束を超える,ということである。

有名な光の波動性と粒子性を確かめるヤングの「光の干渉縞の実験」があるが,ジョン・ホイーラは,「二枚の半透明鏡を用いる実験」で,光の粒子と波動性の二面性の解明の他に,光と人間の意志の関係についても解明しようとした。そこでは,

光のパルスが第一の半透明の鏡を通過する〈事前〉に,検出器の前方に第二の半透明の鏡を置くか,通過した〈事後〉に,遅れて置くかを選択することによって,光がに波として行動するか,粒子として行動するかを確かめる,

というところにあった。結果は,人間が光が第一の鏡を通過する前に,検出器を第二の鏡の前に置かないことを選択するか,通過した後に置くことを選択するか,で,前者だと光は粒子となり,後者だと光は波動となる,のである。

「光自身は,(第一の鏡)を通過したばかりの時点では,自分が〈後〉で〈粒子〉になるか〈波動〉になるかは知らない」

のである。人間の意志による,事前か事後かの選択で左右される,ということである。これを「遅延選択の実験」と言う。その実験の重要性は,

「〈人間〉は,光が検出器に到達する〈前〉に,光が〈粒子〉として振舞っていたのか,〈波動〉として振舞っていたのかを,〈過去〉にまで遡って知ることができる」

ということであり,さらに,

「〈人間の心〉は,〈光の未来〉に対してはもちろんのこと,〈光の過去〉に対しても,〈影響〉を与えることができる」

という点である。それは,当然光だけでなく,電子についても,

「電子の波のエネルギーになっているのが光子」

であり,電子もまた,波動性と粒子性を持っている。さらに,一つの電子は,複数の状態を同時に取ることができる。それを,「電子の状態の共存性」というが,

「〈電子の状態の共存性〉とは,〈一つの電子〉が〈同時〉に〈複数の場所に共存〉できる」

という。これを,「状態の重ね合わせ」ともいう。

たとえば,箱の真ん中に衝立を立てて箱を二つに区切ったとする。このとき,一つの電子は,左右に同時に存在することが出来る(状態の共存性)。この場合も,〈粒子〉であると同時に〈波〉でもある。この場合,複数の電子があるのではなく,〈波であった〉一つの電子が同時に共存している。

しかし,観測者が箱の片方を開けると,瞬間に,複数個共存していた電子が,

ただの一個の電子

になって,電子がどちらにあったかが確定する。つまり,人の観測によって,開けた場所に存在する状態に,瞬間に変化した(波束の収縮性)のである。

波として共存していたものが,一点に収縮して,粒子,

にしか見えなくなる。著者は,

「電子の波は〈発見確率〉に関係しているから,その波を〈人間が観測〉した〈瞬間〉に,波は〈発見確率100%〉の幅のない〈針状の波〉となって〈一点〉のみでしか発見(観測)されない」

と説明する。見えないものが人間と接触すること(相互作用)で,「観測された状態以外の状態が〈消えて〉なくなる」のである。これが,冒頭で言った,「月は人が見ている時にしか存在しない」ということの意味である。これが,有名なシュレディンガーの「猫のパラドックス」につながる。ノイマンは,「人間の観察によって,猫の生死がどちらかひとつに決まる」とし,その,

「波束の収縮性は数学的には証明できない」

と言い,数学的には導けない,「波束の収縮は,観測装置を準備した人間の意識の中で起こる」と結論づけた。著者も,それを肯って,

「万物を構成するミクロの世界の電子は,私たちの体の外だけではなく,私たちの体の中にもあるから(電子の非局在性),私たち〈人間の心〉はそのような非局在的な〈電子の心〉を通じて〈万物の心〉にも影響を与えるからであり,しかもミクロの世界の電子の行動は,マクロの世界の人間が〈観察するまで〉は,〈確率的〉であるが,人間が〈観測〉すればその〈瞬間〉に〈確定〉する(波動の収縮性)」

と説明する。そして,これは,身近な世界だけのことではなく,敷衍すれば,

「個々の電子が持つ〈量子性〉〈粒子性や波動性や状態の共存性や波束の収縮性〉は,〈空間的〉には宇宙全体へ,〈時間的〉には何十億年もの過去未来へと〈双方向〉に広がっており〈非局在性〉を有している」

ことであり,この原理は宇宙にも広がり,

波動性の宇宙(見えない宇宙)と粒子性の宇宙(見える宇宙)

という二重性,多重性からなっている(多元宇宙)という考えにつながる。著者は,波動性の宇宙(見えない宇宙)を「あの世」と言い,粒子性の宇宙(見える宇宙)を「この世」と言っている。

これを象徴するのが,「シュレディンガーの猫のパラドックス」である。放射性物質と猫を入れて,一定時間後に蓋を開けて中を見る,

「人が蓋を開ける前に猫の生死が決まっているのか(決定論),箱を開けた瞬間に決まるのか(確率論),そのいずれが正しいのかを問う」

ものである。シュレディンガーは,量子論への反対の立場からこの思考実験を提示した。

ここでは,生きているか死んでいるかは,観測されるまでは確率的であり,観測されて初めて確定する,という実証派,人間が観測する前に確定しているとする実在派のことは,ここでは端折って,ヒュー・エベレットの「並行世界説」,多重宇宙論からの解釈を紹介しておく。

「〈生きている猫の宇宙〉と〈死んでいる猫の宇宙〉が〈共存している宇宙〉を考え,その宇宙が観察を繰り返すごとに〈生きている猫の宇宙〉と〈死んでいる猫の宇宙〉に〈分岐〉し,〈生きている猫〉と〈死んでいる猫〉とがそれぞれ〈別の宇宙〉に〈重ね合わせ〉の状態で並存している」

というのである。つまり,人間が観察するまでは,〈生きている猫の宇宙〉と〈死んでいる猫の宇宙〉が共存していたのに,観察によって,分岐した,ということになる。しかも,

「観察によって分岐した複数の並行多重宇宙は,互いに関係が断ち切られ影響し合うことがなくなるので,それらの宇宙を観察する人間もまた分岐して複数存在する。」

つまり,量子の世界が,開く新しい視界である。すでに,アインシュタインの世界像は,崩れかけている。この先はどうなるのか,その意味で,補論の「タイムトラベルは可能か」は,現時点での量子論の最先端を示していて,興味深い。過去へのトラベルは,なかなか難しそうだ。

最後に,

「エネルギーが十分あるときには粒子(物質)と反粒子(反物質)が生成されるが,その粒子(物質)と反粒子(反物質)が消滅すると純粋なエネルギーに還る」
「粒子(物質)は,純粋なエネルギーから生成され,純粋なエネルギーとなって消滅する」

という,この世界がエネルギーの変形ということが,

「万物は気の凝集によってできたものであり,その気は宇宙合そのものを形成している。」
「生とは気の集結であり,死とは気の気の解散」

と,易でいう,「気」そのもののように見え,改めて,『易経』に感嘆した次第である。

ここで紹介された並行宇宙論は,ブライアン・グリーン『隠れていた宇宙』を紹介する折,改めて,マルチバース論(多宇宙あるいは並行宇宙あるいは多元宇宙と言われる宇宙論)を総覧する際,また関わってくる。それは,後日。

参考文献;
岸根卓郎『量子論から解き明かす「心の世界」と「あの世」 』(PHP)
高田真治・後藤基巳訳注『易経』(岩波文庫)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:54| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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