2015年04月06日
ばつをあわせる
「ばつをあわせる」は,
跋を合わせる,
と当てる。
調子を合わせる
とか
話の辻褄を合わせる
という意味だが,「話の辻褄を合わせる」という意味なら,
帳尻を合わせる
とか,
平仄を合わせる,
と言い方があるが,しかしちょっと違和感がある。それだと,一応辻褄が合う,というか整う,という感じになる。そうではなく,むしろ,
その場しのぎ,
というニュアンスなのではないか。その意味では,
調子を合わせる,
とか
折り合いをつける,
とか
という感じに近くなる。使い方としては,
うまくばつを合わせてその場をごまかしました。
会議で失言したが、彼がうまくばつを合わせてくれた。
という例になる。
跋は,あとがきの意味だから,帳尻を合わせる感じに受け取りがちだが,漢字の「跋」の,「犮(はつ)」は,犬の後足に「/」印をつけて,犬が後足を跳ね上げることを示す指事文字。したがって,
ものをはねのけて,二つにわける,
という意味を基本的に持っている。それに「足」を加えて,
草を踏み分け,はねのけて進むこと,
足を跳ね上げることから踏みにじる,乱暴にふるまう
という意味が生じた,とある。乱暴な要約だが,
道のないところに無理やり道を付ける,
といったニュアンスであろうか。
三田村鳶魚の話では,こういう使われ方をしていた。
元治の頃火付盗賊改についた古河近江守は,巡邏先(火付盗賊改役の頭は,テレビで長谷川平蔵がそうであったように,街を巡回したようだ)で,橙を買った。しばらく経つと一つ足りないことに気づく。で,
「誰かに取られた,と言いますと,ついていました付人(元盗賊を手先に使う場合こう呼んだ)が,それは私が取りました,と言って袖から出した。古河近江守は,いや,これはなくなったのではない,貴様を試そうと思ったのだから,一つ袂へ隠したのだ,お前達は急にその場で跋を合わせることばかり骨を折っているふうがある,それで御用が勤まるか,と言って戒めた。これは,付人の弊を救おうとしたものなのです。」
というのである。昔取った杵柄,とっさにひとつくすねた,と付人は(思ったのか,そういうことにしようとしたのか),おのれが白状した(近江守はそれを跋を合わせると感じた)が,しかしこの話は,そういう振る舞いを,(近江守が仕掛けたか,いたずら心でそうしたかは別に),そうやって瞬時に,取り繕ってみせた近江守のその場の裁き方のほうが,「跋を合わせる」にふさわしいように見える。第一,付人なのに,火付盗賊改の頭の懐から一つ橙をくすねるようなことを,それも相手に分かるようなやり方をするものかどうかが,まずは疑わしいではないか。
だから,どうも,「跋を合わせる」という言葉のニュアンスは,
調子を合わせる,
とか
その場を繕う,
というよりもっと強く,
這っても黒豆,
と言い張る,というか,強引に幕引きをする,という感じが色濃い気がする。
鹿を指して馬と為す
という故事,つまり,
「秦の趙高が自分の権勢を試そうと二世皇帝に鹿を献上し,それを馬だと言って押し通した。皆が趙高を恐れていたので,反対を唱えた者はおらず,『鹿です』と言った者は処刑された。」
だと,もっとニュアンスがはっきりする。三田村鳶魚の例は,仮に,付人と古河近江守の立場が逆なら,ああは行かない。権威というか権力を背景にして初めて成り立つ「その場しのぎ」なのではないか。
跋を合わせる,
にそんな謂れがあるかどうかは知らないが,勝手に言葉のニュアンスを想像してみた。
参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください