笑については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/402589627.html
で触れたことがあるので,少し重複するかもしれないが,「をかし」を調べていて,『大言海』の,
わらふ,
にであったので,「わらふ」にからめて,少し調べてみた。「をかし」については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/418220586.html?1430423659
で触れた。『大言海』の「わらふ」の項には,その漢字が,
笑・嗤・咲・哂・哄・莞・粲・噱・咍,
と挙げてあり,「わらふ」の意味を挙げる前に,まず,こういう説明がある。
「顔の散(わら)くる意という。笑は,おかしき也。嗤はわらいぐさにする也。咲は,笑の古字。哂は,わっとわらう。哄は,どっとわらう。莞は,ほほえみわらう。粲は,歯を出してわらう。噱は,ふきだしてわらう。咍は,あざけりわらう。」
と,その後に,
喜び楽しみて声をたつ。笑むあまりに声を出す
ほころぶ,咲く,ひらく。
と,「わらふ」の意味が来る。因みに,「散くる」は,『大言海』に,「わらく」は,
(散[ハラ]に通ず)乱れ散る。はららく。ほろろぐ。
とある。顔が(笑い)崩れる,さまを言っているらしい。「はらはら」「はらめき」の「はら」に通じるのかも。それにしても,『大言海』は,『古語辞典』よりはるかに,奥行のある説明になっている。
つくづく思うのだが,『大言海』の発刊当時(昭和五年)には,この漢字がまだ生きていた,ということなのだろう。つまり,「わらい」を表現する漢字の奥行があった。いま,「わらい」で引いても,「笑・嗤・咲・嗤」ではないか。それだけ,漢字によって,その笑いの意味が細かく伝えられた,ということだ。それをすべてが読めたかどうかは知らない。しかし,お上が定めた当用漢字以降,言語表現が浅くなった気がしないでもない。それは,新聞雑誌からルビの消えたときではないか。たぶん,愚民政策というより,(政治家や官僚が)おのれの使えない漢字を制限する,という自分の鏡を写した政策だったのではないか,と勘繰りたくなる。漢字のルビがあれば,誰も困らなかったのだから。
閑話休題。
「笑ふ」の語源は,
「ワラ(割・破る)+ふ(継続)」
で,顔の表情が割れ,それの継続・反復する状態をいう,らしい。
「顔の表情が割れ続ける,がワラフ」状態,
というわけである。
漢字の「笑」の,
「竹」は,タケの枝二本を描いたもの。周囲を囲むという意味が含まれる。
「夭」は,細くてしなやかなさま。人間のしなやかな姿を描いた象形文字。
で,「竹+夭(ほそい)」は,細い竹のこと。正字は,「口+笑」で,口を細くすぼめて,ほほとわらうこと。それを,日本では,「鳥鳴き花笑う」という慣用句から,花がさくの意に転用された,という。
そのせいか,日本語の「笑う」には,
口を開けて,喜びの声を立てる。喜び・うれしさ・おかしさ・照れくささなどの気持ちから,顔の表情をくずす。
(「嗤う」とも書く)あざけりばかにする。嘲笑する。
(「笑ってしまう」「笑っちゃう」の形で)あまりひどくて、相手にするのもばかばかしいほどである。
(比喩的に)花のつぼみが開く。また、果物が熟して皮が裂けること,また縫い目のほころびること。
(俳句などの文学的表現に)春になって,芽が出たり花が咲いたりして,明るいようすになる。
(膝が笑うというように)力が入らず機能しなくなる。ゆるんだりほどけたりする。
等々,結構多様な使い方になる。笑うことが楽しく,嬉しいことだけではなく,わらうしかないさまも,比喩的に使っている。
「笑い」の機能については,
(当惑や驚き,不安,悲しみを喚起する刺激に対する反応であることもあるが)多くは,くすぐり等々の触覚刺激をはじめとして,言葉や視聴覚の刺激に対するもので,緊張の解消や快い感情,ユーモア体験にともなう,人間に特有の身体反応,特に顔面を中心とした表出行動,
と定義されたりする。笑いの対人関係効果にもつ親和力は,
新生児微笑
と呼ばれるもののもつ効果で十分発揮されている。この生得的行動に対して,ほとんど養育者は高い確率でポジティブな応答を返す。この相互作用は,強い伝達力を持っている。笑顔に怒る人は,まずいない。
笑いは,クスグリへの反応を除くと,
うれしさの笑い
言葉の役割をする笑い
可笑しさの笑い
にわけられる,という。そう考えると,
笑い
と
微笑み(笑み)
は違うのかもしれない。因みに,「ほほえみ」は,
「ホホ(頬)+えむ(笑む)」
で,頬の筋肉がゆるみ,にこにこする意味である。「えむ」は,
「エム(口が開きはじめる,さける)」
で,にこにこする,を意味する。「にこにこ」は,擬態語で,そこから「にこやか」が出ている。『大言海』「ほほゑむ」の説明が面白い。
「含(ほほ)み笑むの意ならむ。或いは云う,頬笑むの義,頬に其の気色の顕るる意,と。」
こう説明されると,
忍びて少し笑う,にっこり笑う。
花少し開く。咲きそむ。わころぶ。
という意味がよく伝わる。「ゑむ」には,
「口をひらかんとする義,ゑらぐ(歓喜)に通ず,
とある。微笑みのもつ言語代替行為は,言葉以上に「行為の互恵性」を引き出す。しかし,それ以上の効果があるらしい。
「ヒトは表情豊かな生物です。表情を作るための顔面筋が,ほかの動物たちに比べ,はるかに発達しています。バラエティ豊かな表情は他者とのコミュニケーションに役立つのはもちろんですが,…表情を作る本人にも影響を与えます。」
それを,
顔面フィードバック
と呼ぶ。
「恐怖への準備は,恐怖の感情そのものではなく,恐怖の表情を作ることによってスイッチが入る」
らしい。つまり,笑顔を作ることによって,ほのぼのとした気分,楽しい気分にスイッチがはいる,と。あるいは,微笑むことで,自分の(相手への)好意に,自分で気づく,というように。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
池谷裕二『脳には妙なクセがある』(扶桑社)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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