2015年05月12日
手古
手古の人,
という言い回しがあって,よく分からなかった。辞書を引いてもわからない。ところが,ネットで,
手古
を引くと,
手古摺る
と出ている。てこずるとは,
処置に困る,
とか
もてあます,
とか
閉口する,
という意味だ。それならよくわかる。それを,『広辞苑』で引くと,
梃摺る
と当てている。そして,こう言う説明がある。
「安永1772~1781頃から始まった流行語」
語源には,諸説ある。
「テコ(梃子)+スル(摺る)」で,対象が大きすぎたり,重すぎたりして,支点が取りにくく,扱い兼ねる,
「テコ(梃子)+ズレルの意のズル」で,梃子の視点がずれて扱い兼ねる,
手助けをする者のことを「てこ(手子)」といい,手伝いの手を煩わせること,
手の甲を摩るという意味,
等々。いずれにしろ,
手子は,梃子とも当てる。
「手助けをする者。鍛工・土工・石工などの下回りの仕事をする者。てこの衆」
という意味で,「梃の衆」あるいは「手子の衆」は,
梃を使って働く人々,土工,石工など,下働きの人。手子,梃の者。
である。たぶん,岡本綺堂は,『半七捕物帳』で,その「手子」の意味で,「手古」を当てて,「手古の人」と使ったのだろう。しかし,
手子
に,梃子とも,梃とも当てているところから考えると,「手子」は,梃子の意味からの流用の可能性が疑われる。「梃の衆」が,梃を使う人であったことが効いているようだ。
手古
の字では,
手古舞
というのがある。「梃舞」の当て字,とある。ここでも,「梃」である。『広辞苑』には,
「江戸時代の祭礼の余興に出た舞。もとは氏子の娘が扮したが,後には芸妓が,男髷に右肌脱ぎで,伊勢袴・手甲・脚絆・足袋・草鞋を着け,花笠を背に掛け,鉄棒を左に突き,右に牡丹の花を描いた黒骨の扇を持って,あおぎながら木遣を歌って神輿の先駆けをする,」
とある。しかし,本来は,手古舞は,
山王祭や神田祭を中心とした江戸の祭礼において,山車を警護した鳶職のこと,
といい,もとは「てこまえ」といった。現在は,この「てこまえ」の姿を真似た衣装を着て祭礼その他の催し物で練り歩く女性たちのことをいうようになった。「てこまえ」とは,
梃子前,
と書き,
木遣りのとき、梃子を使って木石などの運搬を円滑にする役
を指す。言うまでもなく,木遣りとは,
1202年(建仁2年)に栄西上人が重いものを引き揚げる時に掛けさせた掛け声が起こりだとされる,
掛け声であり,それがが歌に変化し,江戸鳶がだんだん数を増やした江戸風を広めていった。今日,これが残っているらしい。
ここでも,「梃子」が生きている。ここでは,手伝い,という意味だろう。かつては,鳶や大工は,町内で何かあれば,必ず手伝いをしたものだ。だから,
てこずる
も,
手古摺る
手子摺る
梃摺る
と当てる。因みに,『大言海』は,「梃子擦る」を当て,
「梃の利かぬ意かと言う」
とある。かつては,結構当て字を平気でしていたので,元来が何であったのかが分かりにくくなっているが,
梃子でも動かない,
という言い方もあるから,本来,梃子から来たのに違いない。ま,
手伝いの手を煩わせる,
という意味である。手古舞(梃前)も,梃子も,お手古も,手伝いという意味では,人手を借りなくてはならない,という意味で,共通する。
それにしても,漢字は,よく意味を示す。「梃」の字は,
「木+廷」で,まっすぐ伸びた棒。「壬」は,人が真っ直ぐ立つ姿。その伸びた臑のところを一印で示した指事文字。似ているが「壬(じん)」とは別字。「廷」は,それに「廴(のばす)」を加えた字で,まっすぐな平面が延びた庭。
梃子,
つまり重いものを手でこじ上げるのに用いる棒である。日本語の「てこ」は,
「手+こじる」
つまり,テコジが約されて,テコとなった。漢字を借りただけである。その意味で,梃の比喩,
何かの目的のための手段,
という意味が,いろいろ広くつかわれた結果と考えれば,言葉は,なかなか奥が深い。
因みに,「てんてこまい」も,「天手古舞」と当て,語源は,
「テン(太鼓の擬音,てんつくてん)+テコマエ(梃前)」
で,
「木遣に梃を用いて運びやすくする人,祭礼で神輿の先頭に立って歩くもののこと,この梃前の「前(ヒト)」が転じて「舞」になり,忙しくて落ち着いていられない意となった」
とあるので,無縁ではない(もっとも異説もあり,「てんてこ」は,祭囃子や里神楽で用いる小太鼓のことで,その音に合わせてあわただしく舞う姿から「てんてこまい」と呼ばれたとしている)。
参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
http://gogen-allguide.com/te/tentekomai.html
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください