2015年05月20日
はやて
はやては,普通,
疾風
か
颯
という字を当てる。「颶風」を当てるのもある。「て」は,風の意,らしいので,
急に激しく吹き起こる風。寒冷前線に付随することが多く,降雨・降雷をともなうことがある。急風,陣風,はやち,
と辞書(『広辞苑』)にはある。『大言海』には,「はやて」は,疾風,迅風を当て,「はやち」を見よとある。で,
速風(はやち)の義,「ち」は,風の古語,
さらに,
野分の風は,疾風の一種なり,
とある。風の語源を見ると,
「カ(気)+ゼ(風)」で空気の動き,
という説と,もうひとつ,
駈け,馳せ,駈け,の変化,天翔けるもの,空高くすかけるもの,
という説が載っている。「チ」に風という意味が,ない。ただ,「ち」は,『古語辞典』には,
激しい勢いで吹く風。複合語に使われる,
とあって,「東風(こち)」「はやち」の例が載る。「ち」は,風の中の特殊なものということになる。で,風が気になりだした。手始めに,「風」の字。
風の字は,大鳥の姿。鳳の字は,鳳が羽ばたいて揺れ動くさまを示す。鳳と風の原字は,まったく同じ。中国では,鳳を風の使い(風師)と考えた。風は,「虫(動物の代表)+凡」。「凡」は,広く張った帆の象形。はためき揺れる帆のように揺れ動く風を表す。
という。和語の「かぜ」は,漢字の「風」の字の影響が強い。個人的には,この字以外に思い浮かばない。しかし,「風」の音は,「フウ」(呉音)「ホウ」(漢音)なのである。
気になって,漢字の「風」からみを調べてみると,
颪(国字,上より吹き下ろす風),
颯(さっと風の吹くさま),
颱(中国の南海に起こる暴風),
颶(つむじ風),
飄(つむじ風,急に激しく起る風を飄風と言う),
颮(あらし),
飃(風の貌,つむじ風),
颺(吹き上げる),
飅(微風の声)
飆(つむじかぜ,荒い風)
颭(風が吹いて波立つ)
颸(すずかぜ)
等々,まだまだあるらしい。風の種類ごとに作ったのではないか,と思わせるほどある。我々が,「颪」という字を作ったように。たぶん,広大な大地の風は,伊吹下し,赤城おろしというような風の感覚ではなかったのだろう。
その意味では,我々も,「和語」で,風の種類ごとに作っている。その辺りは,「風の名称辞典」
http://www5a.biglobe.ne.jp/accent/kaze/na.htm
に詳しい。
風は,空気の流れ,あるいは流れる空気自体のことであるから,空気のそよぎ,揺らぎがあれば,どこでも風に名がつく。名をつけることで,それを認知した証になる。名づけることで,それが,自分の世界の中のものになる。
風向によっては,
北風,南風,東風,西風
と呼び,その強さや感じ方で,
そよ風,春風,強風,突風,
と呼び,それは場所によって,
海風,陸風,潮風,谷風,出し風,颪,ビル風,
となり,地域によって,
からっ風,春一番,木枯らし,六甲颪,やませ、
呼び変る。まあ,望ましくないが,
竜巻,塵旋風(つむじ風・旋風),乱気流、砂嵐,
も風である。風は,
「一般的には低気圧・高気圧の通過といった総観スケール気象による変化(約4日周期)が最も大きく、次に季節変化によるもの(1年周期)が大きい。またこれと並んで、『風の息』と呼ばれる小刻みな風向風速の変化によるもの(約1秒周期)も卓越する。海陸風の影響を受ける地域では、約12時間周期の変化も卓越する。」
とされ,強風,突風は,
「『強風』と呼ばれる風は、数十分~数日間程度連続する風速の大きい風を指す。強風の大きさを表す数値としては最大風速が適している。」
「『突風』と呼ばれる風は、数秒~数分程度の短時間吹く風速の大きい風を指す。このような風は、強風の期間中において、気流の乱れつまり風の息によって突発的に生じるものがほとんどである。」
と定義されるが,後から,あれば「竜巻」であったなどと,知らされても,それを風とは思えないのが人情だろう。
それにしても,「はやち」の「ち」が,「風」だとすると,「やませ(山背)」の「せ」は,なんだろう。調べると,
「ヤマ(山)+セ・チ・ジ(風)」
とある。山を越してくる風の意だが,「背」は,当て字らしい。どうも「ち」のなまったものなのだろう。で,調べると,
煽(あおち)風(物がばたばたして起こる風),
朝東風(あさごち 春の朝に吹く風),
あなじ(乾風 冬に近畿以西で吹く,船の航行を妨げる強い北西季節風。あなぜ。あなし),
追風(おいて 追い風),
おぼせ(淡路,伊勢,伊豆などで4月頃の日和の時に吹く南風),
強東風(つよごち 春,東から吹く強い風),
盆東風(ぼんごち 夏の終わりに吹く東風。暴風雨の前兆という),
まじ(真風 西日本で南または南西の風をいう。桜まじ。まぜ) 。
南東風(みなみごち 東のやや南寄りから吹く風),
東風(こち 東の方から吹いてくる風。特に春の東風,梅東風,桜東風等々),
星の入東風(ほしのいりこち中国地方で陰暦10月ころ吹く初冬の北東風),
等々,「ち」が,「て」「し」「じ」「せ」に訛っている。そう言えば,「東風(こち)」といえば,
東風吹かば 匂ひおこせよ梅の花 主なしとて春を忘るな
というのがあった。そのほかに,「はえ」と「ならい」がある。
黒南風(くろはえ 梅雨入りの頃,どんよりと曇った日に吹く南風),
白南風(しろはえ 梅雨明けの頃,南から吹く風)
等々。「はえ」は,「南風」と当て,語源は,
梵語「vayu(風神)」
で,沖縄,西日本は,「南は前」の意識があるので,マヘ,ハエは同じ,と見られている。「ならい」は,
冬に吹く強い風。東日本,特に三陸から熊野灘に至る海岸で言う,
とあり,「ならい風」と言い,
筑波東北風(つくばならい 筑波山の方から吹いてくる北風),
がある。まあ,言葉が,文化だということがわかる。地域ごとに異なる。言葉によって,あるいは,その言葉を使う人にとって,独特の風景が見え,季節が見える。
ヴィトゲンシュタインの言う通り,ひとは持っている言葉によって見える世界が違う,とはまさにこのことだ。もう一つ付け加えるなら,持っている漢字によっては,もっともっと見える世界が違う。「かぜ」というのと「風」と言うのとでは,風景が違ったはずである。
参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
金田一京助・春彦監修『古語辞典』(三省堂)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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