2015年06月06日

分子進化


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中沢弘基『生命誕生』を読む。

サブタイトルが「地球史から読み解く新しい生命像」となっているのは理由がある。著者は,

「本書は,生命の発生と進化の『壮大なドラマ』を,物理的必然と全地球46億年の時空を見渡す21世紀の新しい自然観をふまえて解き明かします。」

と述べている。なぜなら,

「生命誕生に不可欠な分枝ができて生命の発生に至るまでの『分子進化』(一般には“化学進化”あるいは“前生物的分子進化”と表現されています)と,生命が発生した後の『生物進化』は同じ地球上で切れ目なくつながっていると考えるのが自然ですから,生命誕生以前の『分子進化』のメカニズムも当然,地球環境の変化と自然選択の原理に支配されてきたとみるべきです。こうした視点がないと,『生命の起源』という壮大なドラマを解き明かすことは難しいでしょう。」

その考えを象徴するのが,

(地上しかない,つまり根のない)「ヘッケル系統樹」(ダーウィンの『種の起源』に共鳴して,E・H・ヘッケルがまとめた)

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/bc/Haeckel_arbol_bn.png

と対比して,著者の考える系統樹は,根がある「地球軽元素進化系統樹」である(本書に添付)。

「同図では,生命進化が地球史的必然であることを表すために,“原始地球史上の事件” (中央)と,そのとき有機分子が受け取る“環境圧力”(左端),そして“自然選択”の結果,すなわち“環境適者”(右端)を重ねて表現」

している。当然ヘッケルの有名な,

「個体発生は系統発生の短縮された反復である」

では,受精前が想定されていない。本書の問題意識は,その前へと遡る。しかし,分子系統学の知見を加えても,

「現代の生物分子系統学でも,タンパク質(酵素)のアミノ酸配列や遺伝子(DNA,RNA)の塩基配列の類縁から,“近縁種の共通の祖先”→“より遠縁種の共通の祖先”→とたどる系統樹が用いられています」

が,ヘッケルの系統樹と概念は同じで,この考え方で,遺伝子を辿れば,究極の祖先に辿り着けるのか,というと,そうでもないらしいのである。その理由は,系統樹の考え方自体が,

「もともと,ダーウィンの自然選択説によって生物多様性を説明するために考案されたものですから,共通の祖先→その先の共通の祖先→さらにその先の…とたどれるのは,親から子に遺伝子が引き継がれる “ダーウィン的進化”しか想定されていないからです。しかしバクテリア(原核生物)には生物進化の初期だけにある『細胞内共生』という進化の別の機構があって,遺伝子分析の方法ではその先が辿れなくなるのです。」

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著者は,「はじめに」で,

「生命の起源を探る研究を進めていくと,物理や化学の論理だけでは説明できない,さまざまな謎に直面します。なぜ岩石や鉱物ばかりの原始地球に炭素や水素でできた有機分子が出現したか? しかも,アミノ酸や糖など生物をつくる基本的な有機分子はみんな,なぜ水溶性で粘土鉱物と親和的なのか? なぜ,それらがタンパク質やDNAなど高分子に進化したのか? いずれもよく知られた事実ですが,『なぜそうなのか?』 は今の物理や化学では説明できていません。生命の起源や進化に関する“なぜ?”には,生物学,物理学,化学など個々の専門分野の常識では答えられない謎がたくさんあるのです。
 その最たるものは『なぜ,生命が誕生して,生物には進化という現象があるのか?』という根源的な命題です。」

と書き,それに応えるには,

「生物は,物質的には地球の一部であり,バクテリアからヒトまでの進化を考える場合には,全地球の物質の変化を地球史46億年の時空で考えなければならない」

として,本書の,ある意味壮大な仮説が生まれてくる背景になっている(上記の進化系統樹は,仮説の集大成になっている)。

当然,宇宙から来たの,火星から来たの,隕石からだの,という地球外生命由来は,一顧だにされない。それは,科学ではなく,妄想でしかないからだ。化学は,検証できなくてはならない。

鍵のひとつは,シュレディンガーの,

「遺伝子は古典物理学で記述される物質の集団ではなく,量子力学の支配する分子でなければならない」

と喝破した言葉にある。つまり,

「何十代も,親の性質を間違いなく子に伝えることのできる遺伝子は,環境の変化で変わることのない“安定な物質”でなければなりません。そうだとすると遺伝子は,ほんの一部が変化するのにも大きなエネルギーを要する『一個の分子』であるはずだ」

というのが,シュレディンガーの洞察の背景にある,

「有機分子は,H,C,N,O,P,Sなどの軽元素が数個から数百,数万個も強固に“共有結合”したものです。“共有結合”とは,原子Aと原子Bが電子を出し合って,それらの電子が両原子をつなぐ軌道を高速でまわり続けることでA-Bが一体化される結合の仕方」

であり,だから,最後に,この高分子の一部の分子基,あるいは原子一個の位置を変えるだけでも,大きなエネルギーが必要になる。そういう変化しにくい,高分子をどう作ったかが,生命起源に迫るキーになる。

もう一つの鍵は,やはりシュレディンガーの,

「生命をもっているものは崩壊して平衡状態になることを免れている」

という,「『生きる』という生命現象そのものが,『宇宙のエントロピーはつねに極大に向かって増加する』という熱力学第二法則に矛盾する」という指摘である。この矛盾を,シュレディンガーは,

「生物体は“負のエントロピー”を食べて生きている」

と表現した。しかし,著者は,

「“矛盾” や“異常”が理解できたところに新しい世界が開けます。」

と言い切る。そして,この矛盾を,「生物の進化を考えるときに,有機分子や生物だけを考える」ことによって勝手に落ち込んだ,「幻のトリック」と言う。つまり,全地球規模で考えれば,

「地球は創生期から46億年,熱を出し続けてきた結果,マグマオーシャンの状態から海ができて,今の穏やかな地球になった」

のであり,いまもまだ,地球が膨大な熱エネルギーを放出し続け,冷却しつづけている。そこから,

「地球にあるH,C,N,Oなどの軽元素,“地球軽元素”もエントロピーの減少によって秩序化します。その結果が有機分子の生成であり,生命の発生,さらには素の進化」

なのだという考えにつながっていく。

著者の生命誕生の仮説とその検証の,詳細な経緯は,本書に譲るとして,本書の最後に,「生命誕生」のプロセスが,たどり直されている。

「43億年前:微惑星の集積が終焉すると,地球は熱を宇宙に放射し,温度が下がって水蒸気が凝集し,全地球を覆う海洋が出現しました。エントロピーの低減による地球秩序化の一環です。」

から始まって,

「40~38億年前:太陽系の軌道に乱れが生じ,軌道を外れた小惑星やその被破砕物が隕石となって頻繁に地球に衝突しました。…地球にはまだ大陸がなく,表面はほとんど海洋で覆われていましたので,それら隕石は海洋に衝突し,地球の水および大気と激しい化学反応を起こしました。
 隕石の海洋衝突で生じた超高温の衝突後蒸気流が冷却する中で,多種多様の“有機分子”が創生されました。」

を経て,

「40~38億年前頃:海洋堆積層はプレートテクトニクスによって移動し,プレート端にいたって一部は褶曲・断層などを生じつつ島弧の付加体となり,ほかはサブダクション帯…を経て,再びマントル内部に沈み込みます。
 その堆積層に含まれていた高分子は,大量に発生した海水起源の熱水やマグマ起源の熱水に遭遇して加水分解する危機に直面します。そのまま熱水中にあれば分解消失してしまいますが,小胞を形成して内部退避した高分子はサバイバルできました。」

と,このストーリーは,想像ではなく,実験室での実験検証を重ねながら,仮説として固められていく経緯も,丁寧に説明されている。科学というものの,仮説づくりと,その検証実験というものが,いかにクリエイティブかを,よく教えてくれるプロセスにもなっている,と思う。

あとがきで,

「“人生は志と運”を信じていながら,取り掛かるのが遅きに失した」

との著者の述懐は,重く切実だ。そのせいか,本書の末尾は,

「本書に納得した読者が,あるいは逆に本書に異議を感じた読者が,さらに一歩,生命起源の未知領域に踏み込むであろうことを信じて,筆を置きます。」

と締めくくられている。ふと思う,野中郁次郎氏は,

知識とは思いの客観化プロセス,

と言っていた。だから,思いは,つなげていけるものなのだろう。

参考文献;
中沢弘基『生命誕生』(講談社現代新書)








今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:50| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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