2015年06月18日

気がかり


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http://www.lebal.jp/stage/new/

『蜜柑とユウウツ』(作・長田育恵,演出・マキノノゾミ)を観た。

https://www.geigeki.jp/performance/theater086/

20歳で終戦を迎え,夫の死後30年を一人で生きた,戦後を代表する詩人・茨木のり子の人生を,ちょっと変わった趣向で振り返る形になっている。

死んだはずの本人(の魂,だから本人と姿形は似ていない)が,この世に「気がかり」を残して,まだ自宅に残って居る。しかし,それが何かが思い出せないため,新聞を取りに出て,戻ってきたところで倒れた時刻(5時23分)のところまでを,もう何日もの間繰り返している,という設定である。

その気がかりは何かは,ともかくとして,その一生を振り返るということは,戦後の歴史そのものを辿り直すことであり,そこには,戦争体験者の,戦争を止められなかったという自責と自戒と怒りが込められている。

要所要所で,彼女の詩を使いながら,彼女の立脚点を,照らし出すことにもなっている。それは,ちょうど,戦後史の重大な分岐点に差し掛かっている,いま現在という時代を,戦中派から反照しているとも見える。

73歳の時,彼女はこう書いた。

もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には倚りかかりたくない
もはや
できあいの学問には倚りかかりたくない
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ(「倚りかからず」)

ここに彼女の姿勢がよく出ている。敗戦時,「自分の目で見,自分の頭で考え,自分の足で立たなかった」自分を悔い,それを取り戻そうとしたご本人が,戦後を通して身に染みて感じてきたことだ。それは,

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた(「わたしが一番きれいだったとき」)

に,その意味がよく出ている。しかし,劇そのものには,

詩に見られる,何か,凛とした厳しい姿勢がなかった。
書かれた詩に伺える屹立した孤高が見えなかった。

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ(「自分の感受性くらい」)

という詩のもつ鋭利な尖りも見えなかった。
孤独を怖れない鋭い怒りが見えなかった。
いまの(こんな)時代の中にありながら,それを厳しく批評する目がなかった(と,茨木のりこさんの詩のリフレインを真似てみる)。

それは,いまの時代と,いまの状況と相渉ろうとする作家(と演出家)の思いの不足,と見た。茨木のり子という詩人の過去を単に振り返ってどうするのか。それは,この詩人を過去の人とすることではないのか。過去に封じ込めてどうするのか。

それは,劇が,情緒に流されたせいでも,日常の些事に躓いたせいでも,茨木のりこの本質を見落としたせいでもない。僕は,演出(家)が,茨木のり子という詩人の中に,その半生の中に,自己完結させようとした結果ではないか,という気がしてならない。彼女の精神がいまも生きている,活かしうる,という視点がない。

不必要に,説明過多になっていたと感じさせる箇所が目についたが,それは,(この劇そのものを)いま,観ている観客のそれぞれの生き方,在り方と相渉らせようとする,つまりは観客の感性と知性を信じ,それに委ねようとしていないせいではないか。それは,つまるところ,作家も演出家も,この作品を,演じているいまの時代と格闘しようとする姿勢が少なかったということでもあるのではないか。

特に,エンディングは,余韻というより,あれっというほどの切り落とし方で良かったのではないか。最後の説明落ちはいらない。あれによって,劇をその劇空間の中(の中の亡くなった茨木のり子)に自己完結させてしまった。

結果として,「気になること」が,残した「恋文」という詩稿(と夫の遺骨)というのは,振り返った戦後史と(重なる茨木のり子の半生とその詩作と)のギャップが大きすぎる印象が強い。

いまの時代の行く末が気になっているのではないのか,と僕なんぞは思うのだが,しかし,まあ,それがこの作品のテーマ(「茨木のり子異聞」)なのだから,仕方がないとしても,劇中で朗読された詩の佇まいと,この劇空間の自己完結性とのギャップは,少し大きすぎる気がする。

参考文献;
http://kajipon.sakura.ne.jp/kt/shisyu.html






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:43| Comment(0) | 劇評 | 更新情報をチェックする
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