2015年06月28日

ゆする


「ゆする」は,『広辞苑』によると,

揺り動かす
(遊里語)言いがかりをつけて,脅したりして相手の心を知ろうとする
(「強請る」とも当てる)脅したり,言いがかりをつけたりして,無理に金品を出させる

が意味として出ている。しかし,『大言海』は,「ゆする」を,次のように,項を分けている。

ゆする ル・レ・ラ・リ・レ(自動四)(一)響動(とよ)む。どよめく,(二)ゆれる,ゆらぐ,ゆらゆらと動揺す。
ゆする ル・レ・ラ・リ・レ(他動四)(一)ゆする,ゆさぶる,人の目を覚ますために押し動かす。揺り動かす,(二)おどかして,金銭などを強い取る,ねだる,強請る。
ゆする ルル・ルレ・レ・レ・レヨ(自動下二)前々条の語に同じ。

この厳密さが,何度も言うが,村上一郎が,『草莽論』の冒頭で,

「『さうまう』と『さうまうのしん』を別項として,この大辞典の編著上の見識を示している。」

と書いた所以だと思う。ついでに『古語辞典』をみると,

揺り

揺すり

を分けているが,「揺すり」に,

「根底に衝撃を与えて,その振動を全体に及ぼす意」

と注記が入っている。そういう原点を考えると,「ゆすり」の意味の波及がよくわかるところがある。更に意味を見ると,

(衝撃の起点から)震動を伝える,ふるわし動かす,
(あることがきっかけで)こぞって大騒ぎする,
ゆさゆさとゆさぶる,ゆさぶりをかける,
おどしかけ,または言いがかりをつけて,自分の意志を相手に受け入れさせる,

あり,名詞化して,

おどすなどして金銭をむりやりとる,
(上方で言う)飾ること,凝ること,
高慢,自惚れ,特に着飾って自慢すること,

とある。別に辞書の紹介をしたいのではないが,辞書もまた,編者の著作なので,編者の仮説に基づいて,意味をひもとく。どれが正しいかではなく,どれが,言語感覚として,腑に落ちるか,ということなのだろう。

僕には,『大言海』の解釈がわかりやすい。それに,

根底に衝撃を与えて,その振動を全体に及ぼす意,

を加えると,そこから,「強請(ゆす)る」につながる気がする。強請られるに値する,瑕疵というか,後ろ暗いことが,その人の在りようそのものに関われば関わるほど,そのゆさぶりは,

全体に波及する。

岡本綺堂『三浦老人昔話』の「鎧櫃の血」に,ある旗本が,赴任地の大阪城の番士を務めるため御用道中をする,という話が出ている。御用道中は,公なので,

「道中は幅が利きます。何のなにがしは御用道中で何月何日にはどこを通るということは、前以て江戸の道中奉行から東海道の宿々に達してありますから、ゆく先々ではその準備をして待ち受けていて、万事に不自由するようなことはありません。泊りは本陣で、一泊九十六文、昼飯四十八文」

というわけで,「駕籠に乗っても一里三十二文」の時代,「御用」という看板のおかげて,楽な道中をすることができる,らしい。そして,こんなことが出ている。

「御用道中の悪い奴に出っくわすと、駕籠屋があべこべに強請ゆすられます。道中で客が駕籠屋や雲助にゆすられるのは、芝居にも小説にもよくあることですが、これはあべこべに客の方から駕籠屋や雲助をゆするのだから怖ろしい。主人というほどの人は流石さすがにそんなこともしませんが、その家来の若党や中間のたぐい、殊に中間などの悪い奴は往々それを遣って自分たちの役得と心得ている。たとえば、駕籠に乗った場合に、駕籠のなかで無暗むやみにからだを揺する。客にゆすられては担いでゆくものが難儀だから、駕籠屋がどうかお静かにねがいますと云っても、知らない顔をしてわざと揺する。云えば云うほど、ひどく揺する。駕籠屋も結局往生して、内所で幾らか掴ませることになる。ゆすると云う詞ことばはこれから出たのか何うだか知りませんが、なにしろ斯ういう風にしてゆするのだから堪りません。それが又、この時代の習慣で、大抵の主人も見て見ぬ振をしていたようです。それに余りにやかましく云えば、おれの主人は野暮だとか判らず屋だとか云って、家来どもに見限られる。まことにむずかしい世の中でした。」

とある。この中の,

「ゆすると云う詞ことばはこれから出たのか何うだか知りませんが」

というくだりが気になったので,蜿蜒調べた次第。しかし,綺堂先生のご説は,当たらないようである。むしろ,「揺する」という言葉の語感からの汎用に見える。

「強請る」のゆするは,

蠕動がじわじわと全体に響いていく,

というニュアンスで,単なる,

脅す,

脅し取る

という強面ではないし,

せびり取る

吸いとる

搾り取る

とも違う。あえていえば「強要」が近いか。『語感辞典』には,

「恐喝に比べ,脅す迫力が弱い」

とあったが。それは当人の心理とは関係なさそうだ。ところで,

強請る

は,「ゆする」と読ませるが,そのほかに,

ねだる
せびる
せがむ

とも読ませる。その違いを,

「ねだる」は,相手に甘えてものを要求する気持ちが強い,
「せがむ」は,物や行動を性急にかつ連続して要求すること,
「せびる」は,主に金銭を強要する色合いがある,

と,区別している。そういう意味では,「強請る」には,

「ねだる」から「ゆする」

間での,意味の幅がある。それは,同じことをしても,相手には,

(度を越した)ねだるの延長線
か,
(度を越した)せびるの延長線
か,
(度を越した)せかむの延長線
か,
(度を越した)ゆするの延長線

かの,その閾値というか境界を越えるか越えないかは,両者の関係,求める側と強いられる側との関係に依存しているように見える。あるいは,それは,

セクハラ

パワハラ

のもつ関係性とダブってくるように見えるのは僻目だろうか。

参考文献;
岡本綺堂『三浦老人昔話』(kindle版)
村上一郎『草莽論』(大和書房)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大野晋・浜西正人『類語新辞典』(角川書店)
中村明『日本語語感の辞典』(岩波書店)






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posted by Toshi at 05:34| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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