2015年07月13日
うしろ
「うしろ」は,
「う(内部)+しろ(区域)」
で,内部から転じて,後部となった語,とされる(『日本語源広辞典』)。あととか背後の意味も持つ。しかし,『古語辞典』をみると,「うしろ」は,
「み(身)」の古形「む」と「しり」(後・尻)の古形「しろ」の結合した「ムシロ」の訛ったもの
とある。で,かつては,
まへ⇔しりへ
のちには,
まへ⇔うしろ
と対で使われる,とある。『大言海』には,
身後(むしり)の通音
とあり,むまの,うま(馬),むめの,うめ(梅)と同種の音韻変化,とある。ちなみに,「しり」は,
口(くち)と対,うしろの「しろ」と同根。
しり(後)
で,前(さき)後(しり)の「しり」が語源とある。いずれにしろ,「後」は,
背後から,後部,背中,後姿,裏側,物陰,
までの意味がある。普通は,
後ろ
と当てるが,「後」という字は,
幺(わがか,ちいさい)+夂(あしをひきずる,おくれる)+彳(いく)
で,足をひいてわずかずつしかすすめず,あとに遅れるさまを表す。後に,「后」に通じるが,「后」の字は,
人の字の変形+口(あな)
で,しりの穴(后穴)を指す。「後」と通じて用いられる。
「後」というのは,したがって,
遅れる
だの
物陰
だの
裏側
だの
背後
だのと,余りいいイメージではない。そのせいか,
後ろ足(逃げ足),後ろ明かり,後ろ歩み(あとじさり),後ろいぶせ(将来への不安),後馬(尻馬),後ろ押し,後ろ髪,後ろ影,後ろ軽し,後傷(向う傷の逆,逃げた証),後ろ暗い,後袈裟,後ろ言(陰口,愚痴),後詰(うしろづめ,後詰(ごづめ)),後ろ攻め,後ろ千両,後ろ盾,後ろ手,後ろ付き,後ろ違い,後ろ礫,後ろ飛び,後巻,後ろの目,後弁天,後ろ前,後ろめたい,後ろを見ず,後ろ向き,後見,後見る,後ろ矢(敵に内応して味方を射る),後安し,後ろ指,後を切る,後を見せる,
等々,どうも明るいものが少ない。
ついでに,「尻」という字は,九が,
「手を曲げてひきしめる姿を描いた象形文字で,つかえて曲がる意を示す」
とあり,「尸(しり)+九」で,人体の末端の奥まった穴(肛門)のあるしり」のこと,とされる。
したがって,「しり」も,
尻から抜け,尻に敷く,尻に帆掛ける,尻も溜めず,尻も結ばぬ糸,尻を割る,尻がかるい,尻が重い,尻馬,尻ごみ,退く,尻目,尻が据わる,尻が長い,尻上がり,尻足,尻押し,尻が来る,尻こそばゆい,尻から焼けてくる,尻切れトンボ,尻毛を抜く,尻声,尻ごみ,尻下がり,尻すぼみ,尻叩き,尻に火がつく,尻ぬぐい,尻抜け,尻早,尻引き,尻舞い,尻目,尻目遣い,尻もや,尻を落ち着ける,尻を食らえ,尻を拭う,尻を引く,尻を捲る,尻を持ち込む,
尻も,後と同様,あまりいい意味はない。そのせいか,「しり」と読むとき,尻と後は,
しりうごと,で後言,とあて,
しりえ,で後方とあて,
しりえで,で後手とあて,
しりさき,で後前とあて,
しりざま,で後方とあて,
しりざら,で後盤とあて,
しりつき,で後付とあて,
しりっぱね,で後つ跳ねとあて,
しりぶり,で後振りとあて,
等々,どうも語感で,「後」の字と「尻」の字を使い分けている感じである。しかし,「うしろ」と訓ませるときは,
後ろ暗いが尻ぐらいとも,
後ろめたいが尻めたいとも,
後ろ指が尻指とも,
後を見せるが尻を見せるとも,
「尻」を当てることはないようだ。どうも,妄説だが,「尻」は,物事の付けのように,一つ一つの振る舞い(しくじり)を指し,「後」は,それ自体がその人の在りよう(の落ち度)を示す振る舞いに敷衍される使い方が多い気がする。「尻」の字と「後」の字が与える印象から来ているのかもしれない。「しり」と「うしろ」では,随分語感が違う。
いずれにしても,背後や背中と言うのは,そうそう人に見せない者なのだろう。後が陰なく,晴れ晴れしているのもいいが,どこか陰翳がない。それよりは,どこか得体のしれないところがある方が,人は魅力的なのかもしれない。
いい歳をして,
いい人ですね,
と言われるのは,聊か恥ずかしい。後ろ影が,暗く,単なる後姿ではなく,暗く深く見える,
陰翳
が,ほしい。それは,たぶん,どれだけ修羅場をくぐったかに,よるのだろう。だから,後傷は恥であり,
向う傷,
が誉れなのだ。それは何にも,成功失敗,功の有無を指さない。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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