2015年08月14日

小癪


「小癪な」という「小」は,接頭語で,

物の数・形が小さい意(小石,小家等々),
ものの程度の少ない意(小雨,小太り等々),
年が若い,幼い意(小冠者,小童等々)
身分・地の低い意(小侍,小法師等々)
数量が足りないが,それに近い意(小一時間,小一年等々)
体を動かす意の句に冠して,ちょっとした動作であることを示す意(小耳,小腰,小手等々)

といった,多寡や程度の少ない意の他に,

未熟なものに対する軽蔑の意(小倅,小わっば等々),
形容の語句に対して,その状態がちょっと気に触ったり,心に引っかかったりする意(小賢し,小面憎し,小気味いい,小奇麗等々),

といった意味がある。「小癪な」もその一つ,

小賢しい,
生意気なこと,

の意味になる。類語は,

小賢しい,
とか
小面憎い,

となるが,「癪」は,いわゆる病気の意を除くと,

腹立ち,怒り,
腹の立つような事柄,

の意で,

癪に障る,

という使い方で,

癇癪を起す,
腹が立つ,

という意味になる。「小」がつくことで,

その(癪の)程度が小さいが,ちょっと気になる,

という程度に収まっている,という意味だ。

「こづらにくい」

は,祖母の口癖で,子供の頃,よく「コヅラニクイ」と耳で聞く限り,

癪に障る,

と,ほぼ同義だと受け止めていたが,「つら」に「面」の字を当ててみると,「腹が立つ」ところまではいっていないのである。「癪」=怒りとすると,その怒りの気持ちにちょっと抵触する,といったニュアンスなのである。むろん,

小賢しい,

とは,ちょっと意味がずれ,ベン図になぞらえると,重なり具合が微妙なのだ。「小賢しさ」は,

確かに,相手の言いぐさは,生意気なのだが,その言いぐさが正鵠を射ているから,反論できず,

小賢しく感じる(小才を振りかざすさまをそう感じる),というのに対して,「小癪な」は,

そもそもおのれに向かって反論してきたこと自体が,生意気だ,

と感じる(そういうことをおのれは言うのか,という受けとめ方な)のではないか。

小賢しさには,これ見よがし,というか,小利口ぶっているさまがある。小癪には,その言動に対する,

小憎らしさ,

がある。だから,癪に障るのである。

小面憎い,

の含意はまさに,似ている。

「癪」の字は,いわゆる,「しゃくを起す」の「しゃく」で,

いや胸が急激にいたんで痙攣をおこす,
さしこみ,

の意である。「癇癪」は,まさに,発作的な怒りを指す。「癇癪」の「癇」の字は,

ひきつけ

を指すが,「疒+間」で,

間をおいてまた起こる,

という間歇性を示す。ただ「感情の激しい怒り」を指す意味は,わが国だけで使われる意味のようだ。小癪に障ることが多いということは,

自分の立場を守ろうとするせいでそう感じるのか,

あるいは,

小生意気な,小面憎い(小僧っ子政治家の)振る舞いが,目につくせいだろうか。

若造,

と,つい言いたくなる自分を抑えている。








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posted by Toshi at 05:01| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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