2015年09月11日

ゆるがせ


ゆるがせは,

忽(せ)

と当てる。まあ,ふつうは,

ゆるがせにしない,

といったふうに使う。辞書(『広辞苑』)には,

イルカセの転。室町時代まで清音,

とあり,日葡辞典には,「ユルカセ」として,

「一字一句ユルカセにしない」

という用例が出ているらしい。意味としては,

心をゆるめるさま,
おろそかにするたま,
いいかげんなこと,
なおざり,
粗略,

とある。この意味の幅は,なんだろう。『古語辞典』には,同様の注記の後,

物事をいい加減にすること,
なおざり,
おろそか,

のほかかに,「また」と加えて,

のんびり構えてあくせくしないこと,

とある。この意味の幅も大きすぎる。「ゆるかせ」の語源としては,

いるかせ(おろそかにする)の変化,
「緩い枷」で,閉め方がいい加減,

の二説があるようだが,前者が通説のようだ。『古語辞典』には,事実,「いるかせ」という項に,

なおざり,
おろそか,

の意が載っている。しかし,『大言海』は,「ゆるがせ」について,

「縦(ゆる)すの意」

とあり,意味として,

心を縦にして,
おろそかに,
粗忽に,
なおざりに,
投げやりに,
いるがせに,

とあり,「忽諸(いるがせ)の項を見よ」とある。そこには,

緩めて厳かならぬを云ふ,諸は助字なり,

とあり,ゆるがせともいう,として,

おろそかに,
なおざりに,
そこつに,

等々,似た意味が載っている。しかし,忽諸を,

なおざり,

と訓ませるのは当て字で,「忽諸」は,

こっしょ,

と訓み,

忽ちに尽きること,
軽んずること,おろそか,にすること,

という意味がある。『大言海』も,「こっしょ(忽諸,忽緒)」(あるいは勿緒とも)が載っていて,

忽ち,尽きること,消滅すること,

の他に,ゆるがせにすること,といった意味が載る。どうやら,

たちまちに滅び尽きる意,

が転じて,軽んじること,ないがしろにすることとなったようだ。

心を緩めて,ぼんやりしていると,忽ち,時は過ぎ,結果として,なおざりにしたというか,投げやりにしたことになり,その付けは,粗忽といわれることになる,といった流れなのであろうか。

「忽」という字は,勿(ぶつ)が吹き流しがゆらゆらしてはっきり見えないさまを描いた象形文字で,それに心を加えて,

心がそこに存在せずはっきりしないまま見過ごしていること,

を意味する。だから,

うっかりしているまに,
たちまち,
いつのまにか,

という意味であり,それは,心がうつろで,ぼんやりしていることに,さらには,ゆるがせにする,気に留めずほっておく,となる。その時間は,「忽」が単位として,

一の十万分の一,微の十倍,

ということからすると,ほんのまばたきの間,ということになる。







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posted by Toshi at 05:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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