2015年10月05日
テキトー
適当(てきとう)は,
ある条件・目的・要求などに、うまくあてはまること。かなっていること。ふさわしいこと。また、そのさま。
程度などが、ほどよいこと。また、そのさま。
やり方などが、いいかげんであること。また、そのさま。悪い意味で用いられる。
といった意味になる。たぶん,本来は,
「適(かなう)+当(あてはまる)」
で,
ちょうど良い程度,
の意の形容動詞,とされ,近世以後の造語とされる。本来の「かなう」という意味では,むしろ,
適切,
が使われて,昨今,適当は,
テキトー,
と表現されたりして,いい加減の代名詞になっている。『語感辞典』では,適切は,
まさにそれにふさわしい,
という意味で,
「適当」以上にぴったりと合う感じがある,
とまで言い切る。
適当は,『古語辞典』にはなく,『大言海』は,「てきたう(適當)」として,
良く程にあたること,あてはまること,てつけ,相当,
という意味が載っている。「てつけ」が気になるが,それ以上の説明はない。「てつけ」を引くと,「てつけきん(手付金)」の略とある。「手付金」をみると,
「物を買ふべしと約したる証に,先ず其の値の中の若干分を払ひ置く金子。これを払ふを,打つと云ふ。」
とある。もし,(ここからは推測だが),手付金を(払うのを)「適当」と読んだとすると,当該価格にぴったりを手付にするわけではないから,ギャップがあるし,その金額にも幅がある。ここから,適当の,適切の意味から「テキトー」へとスライドしていく余地があったのではないか,と憶測する。
ちょうど,いい加減が,「好い加減」の,
良いほどあい,適当,
という意味から,「いい加減」の,辞書(『広辞苑』)に言う,
情理を尽くさないこと,徹底しないこと,深く考えず,無責任なこと,
というより,
ぞんざい,
投げやり,
ちゃらんぽらん,
へと,意味をスライドしていくのと,見合っている感じである。本来,「好い加減」は,
「いい(好い)+加減」
で,
良い状態,
加減が良い状態,
であったものが,転じて,
一貫性や明確性を欠いて,行き当たりばったりな態度,
になったとされる(『語源辞典』)。漢字の「適」は,
「啇」が啻の変形で,ひとつにまとめる,まっすぐいっぽんになった,という意を含むみ,「辶(足の動作)」をくわえて,真っ直ぐに一筋にまともに向かう,
という意味になり,「当(當)」は,「田+尚」で,
田畑の売買や替地をする際,それに相当する他の地の面積をぴたりと引き当てて,取引をすること,
という意味で,さらに,枠組みがぴったりと当てはまる意から,
当然そうなるはず,という気持ちを表す言葉となった,とある。
その意味では,手付金とは,意味がずれすぎているが,本来の意味の外延に入らないわけではない。しかし,本来の全額の一部しか払わない,という意味を敷衍していくと,
ピタリ,
とか
かなう,
とは随分ずれている。億説だが,
目的や要求に沿って払うべきところを,一部の手付で,約束の履行の予約をする,
という意味では,ある意味,アバウトで,信用取引に違いない。あるいは,それを違えるひともでてくるということもあるだろう。そんなところから,
「適当にやる」
「適当に済ませる」
等々というニュアンスが出たのかもしれない。その意味で,
「テキトー」
とカタカナで表記すると,一層よりテキトー度が高まる気がしてならない。「徹底的」を「テッテテキ」と言い表したのはつげ義春であったが,適当を,
テキトー
と,表現することで,ギャグる感覚が顕現される感じになるのは,カタカナのもつ,ちょっと外れた感から来ているのかもしれない。同じ意味でも,単なる,
ちゃらんぽらん,
投げやり,
と言うよりは,相手のいい加減さが,より伝わってきそうだ。
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