2015年10月12日

ひやかし


小三治師匠の『お茶汲み』のまくらに,冷やかしの謂れが出てくる。俗説と思いきや,そうでもないのである。

小三治.jpg



まくらでの話は,大略こんな感じである。

吉原近辺で作られていた,浅草紙という粗悪な紙がある。いまでいう再生紙で,漉きなおすために,紙を水に浸しておく。ふやけるまでに時間がかかるので,その間吉原をひとまわりしてくる。するとちょうど紙がひやける,そんなことで冷やかす,という。

同じことは,お決まりで,志ん生も,噺の中で,

「近くに紙すき場があり、紙屋の職人が古紙を水に浸して、紙の冷やける間一回り廻ろう、ってんで冷やかしという名前がついたんですな」

と言っていた,という。

浅草紙というのは,

古紙・ぼろきれなどを材料にして漉(す)き返した下等の紙。落とし紙や鼻紙などに用いる。元禄年間(1688~1704)に浅草の山谷辺りで多く製造されたところからいう,

とある。

http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/haiken.html

によると,

「落とし紙(トイレットペーパー)などに使われていた浅草紙は、江戸時代の庶民に親しまれていた安価な漉き返し紙。かえってそのためか、現存するものはとても珍しい。製造方法は、墨が付いた古紙を水に浸し、叩いてくだき、漉く程度の、非常に簡単なもの。良く見ると文字が書かれたままの紙片や、人の髪の毛なども混じっている。」

とある。有名な漉き返し紙には、江戸の「浅草紙」、京の「西洞院紙」、大坂の「湊紙」などがあったらしい。そのプロセスは,

http://www.gakken.co.jp/kagakusouken/spread/oedo/02/kaisetsu2.html

に詳しい。こう調べると,どうも単なるネタとは思えない。辞書では,「ひやかし」は,

冷やかし
とか
素見

と当て,意味としては,

相手が困ったり恥ずかしがったりするような冗談を言うこと。からかうこと。
買う気がないのに値段をきいたり品定めしたりすること。また,その人。
遊里で,登楼せず張り見世の遊女を見て歩いてからかったり品定めしたりすること。また,その人。素見。

とある。ところが,語源を見ると,「ひやかし」は,二説ある。

「冷やす+かす(他人に及ぶようにする)」で,小人の売ろうとする熱意を冷やすように,買う気なく歩きまわる意で,類語に,ちゃかす,おどかす,せかすなどがある,

「紙の原料をひやす間に歩きまわること」で,江戸の紙職人が,紙の原料をひやかしているうちに,吉原を見て遊女をからかったり,目の保養をしたりしていたのが起源,

としつつ,『語源辞典』は,後者は,

「近世の作り話」

とし,「特殊な職人の遊里言葉と庶民の言葉と合理性が薄い」と断じている。しかし,『大言海』は,「ひやかす」を,

「ひゆるの他動,ふやくる,ふやかすの類」

として,「冷くるようにする。ひやす,漬くる」の意味の,次に,こう書く。

「東京の俗語に,素見(すけん)す,ぞめく,そそる」

と書いた後,こう付け加えている。

「もと浅草,山谷辺りにの紙漉業の者,紙料の水に冷(ひや)くる間,北里に遊べる隠語に起こると云ふ」

と。そして,『嬉遊笑覧』(九 娼妓)から引用している。

「素見,ぞめき,万葉に,驂(そめき),沙石集に,世間公私のぞめきなど見えて,古語なり,云々。今はそそるとも,ひやかすとも云へり,云々。或る人云,むかし,山谷には,すきかへしの紙を製する者多く,それが方言に,紙のたねを水に漬けおき,そのひやくる迄に,郭中のにぎわひを見物して帰るより出たる詞といへり」

と。億説かもしれないが,それが面白いので,人々の口に乗ったに違いない。二説の語源のうち,多少胡散臭くても,紙漉きのひまに,郭を素見していた,という方が,ストーリーがあって,もっともらしい。

因みに,「ひやかし」を枕にした『お茶汲み』は,

http://rakugonobutai.web.fc2.com/30otyakumi/otyakumi.html

こんなあらすじ。

「吉原の安大国(やすだいこく)という店に初会で上がった男を見た田毎(たごと)という女郎がいきなり悲鳴を上げた。聞けば、駆け落ちをした男の病気を治そうと、金のためにこんな世界に身を沈めたが男は死んでしまったという身の上。その男とそっくりだったので思わず声を上げたのだという。年季があけたら一緒になりたいと泣くのを見ると、目のふちにさっきまで無かった泣きぼくろが出来ている。湯飲みのお茶を目になすっていたので茶殻が付いたのだ。
『いやあ、面白かった』という話を聞いた男、その店に出掛けて行くと、女を見たとたんに悲鳴を上げ、駆け落ちをした女が身を売ってくれたが、病気で死んでしまった……と女のお株を奪ってしまう。
『どうか年季があけたら一緒になっておくれ……おい、どこへ行くんだい』
『ちょっとお待ち。今お茶を入れてあげるから』」

と話が落ちる。









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