2015年10月15日

ひがむ


「ひがむ」という言葉が引っかかって,調べ出した。余り奥行はないだろうと,多寡をくくって始めた。

字は,

僻む

と当てる。辞書(『広辞苑』)は,

ねじける,ひねくれる,特に,物事を素直に受け取らず,自分に不利であると歪めて考える,

とあり,他動詞だと,

ひがむようにする,曲げる,曲げて受け取る,

という意味になる。これで終わりのはずである。念のため,ネットで意味を確かめると,

物事を素直に受け取らないで、曲げて考える。自分が不利なようにゆがめて考える。
ゆがんだ考え方をする。考え方がまちがっている。
物の見方がかたよっている。偏屈な考え方をする。ひねくれる。
正常な状態ではなくなる。もうろくする。
ことさらに事実とちがわせる。ゆがめる。

と,よりニュアンス差を言語化して,詳細になる。

語源を調べると,

「ヒガ(僻・ゆがみ・曲り)+ム(動詞化)」

で,ものの見方が曲がっていること,心がねじけていること,を言う,とあり,連用形の「ひがみ」も,同源の名詞,とある。では,「僻」という字は,どうか。まず,「辟」は,

「人+辛(はり)+口」の会意文字,

で,人体を横に裂く刑罰。それに「人」を加えて,

中心から横にそれて片隅に片寄ること,

という意味になる。で,もともと,

かたよる,中心からそれる,
ひがむ,心が脇にそれて偏る,
ひねくれる,

という意味を持っている。で,和語「ひがむ」に当てた,ということになる。あるいは,「僻」がはいって,「ひがむ」という心の機微にわたる表現を得たのかもしれない,と憶測するが,『大言海』は,

「僻(ひが)」を活用す,拉(ひし)げ屈(かが)むの意,

とある。『古語辞典』には,「僻み」について,

判断力や能力の不足・偏りや先入観による間違いをする意,

と注記して,最初に,

物の見方が片寄る,

を挙げる。たぶんこれがニュートラルな意味で,それが,思いや気持ちの偏りになると,

すねる,

になり,それが,極端になれば,

正気をなくす,

となり,それが常態になれば,

耄碌する,

になる,とみると,現実のずれから,心や,意識のずれへとメタファがシフトしていくのがよくわかる。そういう目で見るのを,

僻目,

といい,そういう人を,

僻者,

となる。

似た語は,

いじける(「おじける」の音韻変化。寒さや恐れのために心身ともに元気がなくなること)
ひねくれる(「ヒネ(捻る)+くる(繰る)」で,よじれ曲がる意)
すねる(古語,拗ねる(曲がる)で,不平や不満を素直に表明しないで,わざと逆らった態度をとる意)
ねじれる(捩じれる,ねじった状態で,ねじける,ねじくれると同源)

といったところだが,歪んだ位置からものを見るのは,すねるやいじけるとは少しニュアンスが違う気がする。僻むに関わるのは,

僻目,
僻見,
僻者,

だが,

先入観
先入主
色眼鏡
成心

があるから,結果として,というか,傍からみると,

偏見
億見
謬見

に見えるということになる。歳とともに,それと教えてくれる人は少なくなる。自戒,自戒。










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ラベル:ひがむ
posted by Toshi at 05:26| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
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