行動経済学


依田高典『行動経済学―感情に揺れる経済心理』を読む。

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冒頭にこうある。

「人々は限られた情報をもとに,限られた時間の中で,限られた能力を用いて,良かれと思って最善の行動を選びながらも,それでもしばしば後悔をしてしまう。そんな当たり前のことが,経済学の中で市民権を得るには随分と時間がかかった。人間の限定された合理性を中心に最適な行動からの乖離(アノマリー)を経済分析の核にすえる学問を,行動経済学と呼ぶ。」

合理的経済人(ホモエコノミクス)を前提にした新古典派経済学全盛期なかなか火の目を見なかったのが受け入れられるようになったのは,

「ダニエル・カーネマンが,実験経済学のバーノン・スミスと共同で,2002年にノーベル経済学賞を受賞した前後」

というから,ほんの最近のことになる。

従来想定していたホモエコノミクスは,

「意志決定を行うにさいして完全な情報を有し,完全な計算能力を持ち,自分の満足,すなわち効用(utility)を最大化できると仮定されていた」

それを,現代の主流派経済学の理論も立脚してきた。人間には限界がある,という当たり前のことを学問体系として完成させたのは,ハーバート・サイモンからのようで,それを限界合理性と名付けた。で,サイモンは,

「問題解決の可能な選択肢を発見する過程こそが研究すべき」

ことだと主張する。そこから,簡便な,

ヒューリスティクス,

と名付けられる,簡便な問題解決に焦点が当たる。それは,

「目の子算とか,親指の法則などともいわれる。人間の認知や情報処理能力には限界があるので,効用を最大化する最適な解を見つけ出す時間はない。せいぜい満足化原理に従い,理性的というよりは直感的に,限られた時間のなかで意思決定を行うしかない。そのときに用いるルール」

であり,ステレオタイプと言い換えてもいい。それには,

似ているとか典型的か(代表的ヒューリスティクス)
想起しやすさ(想起しやすさヒューリスティクス)
初期情報に依拠し引きずられる(アンカーヒューリスティクス)

があるらしい。つまりは,論理的であるよりは,ステレオタイプ的判断をしている,ということを回りくどく言っている。

どうやら経済学は,科学というものの進化を横にらみしながら,学問を作り上げているらしく,当初ニュートンの自己完結した物理学をモデルにしつつ理論化しようとしていたらしい,と窺わせる。

「近代経済学とニュートン力学は異同同型の理論体系を持っており,歴史的順序関係でいえば,科学に憧れた経済学が物理学を200年間横恋慕してきたともいえる。」

と,著者は書く。

「ニュートン的時間において論難された問題点は基本的に理論経済学上の困難としてそのままあてはまる」

とも。事実,ハイゼンベルグの不確定性原理,さらにマクスウェルの統計物理学へと,量子力学の主流派が確率論的解釈へ進む物理学の流れを横目に,経済学も不確実性を着目するようになる。それが,「確率的不確実性であるリスク下での意思決定論を期待効用理論」である。それは,

「ゲーム理論の創始者であるオスカー・モルゲンシュテルンとジョン・フォン・ノイマンによって創始された。」

そこからノイマンによって,ゲーム理論が体系化されていく。いまやゲーム理論全盛である。しかし,である。ゲーム理論には泣き所がひとつある,と著者は言う。

「実際に,実験や観察でゲーム理論の予想を検証したところ,必ずしも的中率が高くなかったのである。」

と。そして,

「ゲーム理論の重要な仮定は,①プレーヤーは完全に利己的であるり,②完全に合理的であるというものである。人間を完全に利己的,合理的とみなすのもナイーブ,完全に利他的,非合理的とみなすのもナイーブ,人間はそこそこ利己的であり,そこそこ合理的でもあるが,完全に利己的,合理的なわけでもない。これが行動経済学の取る立場である。」

で,ゲーム理論の解けなかった問題を解決しようとする立場を,「行動ゲーム理論」と呼んでいる。

こうした経済理論の変化には,最近の脳科学の進化が反映しているようである。

機能的核磁気共鳴画像(f-MRI)等々のニューロイメージング装置を通して,脳の働きのマッピングが可能となり,それに対応して,「脳科学と経済学の融合によって人間行動を解明しようとする」ニューロエコノミクスがあり,またアントニオ・ダマシオの意思決定に際して体感覚が重要な役割を果たすという,「ソマティック・マーカー仮説」にもとづいて,

「恐怖や不安は人間の基本的感情であるが,それらは危険を減らしたり,生存に有利に働いたりするように,人間の行動を方向づける」

という経済学が無視してきた経済行動における感情の果たす役割にも目を向けようとしている。

著者の最後の言葉は示唆的である。

「21世紀はバイオ科学の時代となろう。21世紀の経済学も物理学よりはバイオ科学の発達から大きな影響を受けることになる。とりわけ,脳機能の解明が進むにつれて,経済額の意思決定理論の無邪気な想定がそっくりそのまま生き残ることはできなくなる。」

意思決定ということで言うなら,意識が意志を意識するより,400ミリ秒前に,脳の関連部位の活動が始まっている,とされる。とすると,意思決定とは何であるのだろうか。意識する前に,意思決定はなされているのである。

参考文献;
依田高典『行動経済学―感情に揺れる経済心理』 (中公新書)










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