2015年11月23日

女形


女形は,

お山

とも書き(『古語辞典』は,「お山」の字を当てている。),

おやま,

と訓むものだと思っていた。実際辞書(『広辞苑』)を引くと,

「近世,仮名書きでは『をやま』とも」

とあって,

女形人形,またはその人形遣い手
歌舞伎で,女の役をする男役者,おんな形,またはその略
(上方語)色茶屋の娼妓,後に遊女の総称。
美女

等々の意味を載せる。『語源由来辞典』には,

「人形浄瑠璃の,美人の人形名,ミノノオヤマ」に由来する,

とある。要は,僕の常識では,

「歌舞伎において若い女性の役を演じる役者、職掌、またその演技の様式そのものを指す」

と思ってきた。

女形.jpg


しかし,これはなかなか奥が深い。小谷野敦氏は,遊女の由来から,女形の呼び方について,

「『遊女』というのは平安朝以来の名称で,むしろ中世の,江口・神崎で,水辺に棲んで舟に乗り,淀川を下ってくる男たちに声をかけるのが遊女,地上を旅して春を鬻ぐのを傀儡女(くぐつめ),男装したものを白拍子などといった。中世には前の二つはあわせて遊女とされ,遊女の宿といったものが宿駅に出来たりしたし,京の街中には,地獄などと呼ばれる遊女宿があり,遊君(ゆうくん),辻君(つじきみ),厨子君(ずしきみ)といった娼婦が現れた。…近世以来,上方では娼婦を『おやま』と呼んだ。歌舞伎の女形が『おやま』と言われるのは,人形浄瑠璃で,遊女の人形を『おやま人形』と訓んだことから来ている。だから,女形の人は,『おやま』と言われるのを嫌い,『おんながた』としてもらうことが多い。」

とある。女形を,

おんながた,

と呼ばせる謂れはここにあるらしい。辞書(『広辞苑』)は,「おんながた」を別項として立て,

「演劇で,女役に扮するおとこの役者,またはその訳柄,おやま,おんなやく」

とある。「男が女を演ずる」という意味が,「おんながた」とすると,際立つということもあるのかもしれない。

『大言海』は,「をやま」について

「承応の頃,江戸の人形遣,小山次郎三郎,巧みに処女の姿をつかひて,小山人形の名起こりしより出づ」

と,異説を書く。で,

あやつり人形の女形,
歌舞伎の女形(おんながた)の称,その大立者(おおだてもの)なるを立をやま,少女なるを,わかをやまと云ふ,
遊女の異名,

と,「おんながた」と「をやま」を区別している。女形(おんながた)と呼ぶときの,「がた」は,

接尾語で,ガタと濁る,

と,『古語辞典』にあり,

~役,

という意味になる。囃子方などと同じとある。だから,

「ガタは『方』つまり、能におけるシテ方、ワキ方などと同様、職掌、職責、職分の意を持つものであるから、原義からすれば『女方』との表記がふさわしい。歌舞伎では通常『おんながた』と読み、立女形(たておやま)、若女形(わかおやま)のような特殊な連語の場合にのみ『おやま』とする。『おやま』は一説には女郎、花魁の古名であるともされ、歌舞伎女形の最高の役は花魁であることから、これが転用されたとも考えられる。」

という説明になる。

さらに,

「通説によれば、1629年(寛永6年)に江戸幕府が歌舞伎などに女性を使うことを禁じたために、その代わりとして歌舞伎の世界に登場したとされ、江戸では糸縷権三郎、大坂では村山左近がその祖であったと伝えられている。江戸時代の女方は芸道修業のため、常に女装の姿で女性のような日常生活を送るものとされていた。
なお、中国の京劇においても女形(『旦』と言う)が存在したが、現在ではその役を女優が行っている。」

と,なぜ,男性が女性役をするかの謂れが載る。因みに,「旦」の字は,

「日+一印(地平線)」

で,太陽が地上に現れることを示す。目だったものが外に現れ出ること。意味は,

あした,日の出,

を指し,

外に現れ出ること,

とともに,

中国の劇で,女に扮する役者,

で,「花旦」で,

若い美人を演じる女形,

とある。外に現れ出る,とは,

秘すれば花,

を連想するのは突飛だろうか。

「ただ珍しさが花ぞと皆人知るならば、さては珍しきことあるべしと思ひ設けたらん見物衆の前にては、たとひ珍しきことをするとも、見手の心に珍しき感はあるべからず。見る人のため花ぞとも知らでこそ、為手の花にはなるべけれ。されば見る人は、ただ思ひのほかに面白き上手とばかり見て、これは花ぞとも知らぬが、為手の花なり。さるほどに人の心に思ひも寄らぬ感を催す手だて、これ花なり。」

参考文献;
小谷野敦『日本恋愛思想史 - 記紀万葉から現代まで』 (中公新書)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E5%BD%A2



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posted by Toshi at 05:20| Comment(0) | 歴史 | 更新情報をチェックする
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