2015年11月28日

心中


心中は,

しんちゅう,

と訓むと,

こころのうち,胸中,内心,

という意味になるが,

しんじゅう,

と訓むと,いまだと,情死,つまり,

相愛の男女が,一緒に自殺すること,

更には転じて,親子心中,無理心中のように,

二人以上のものが死を遂げること,

と,受け取ることが多い。しかし,辞書(『広辞苑』)をみると,心中(しんじゅう)には,その他に,

人に対して義理を立てること,
相愛の男女がその真実を相手に示す証拠,放爪,入墨,断髪,切指等々。
ひゆ的に,打ちこんでいる仕事や組織などと運命を共にすること,

といった意味があり,「しんじゅう」が「しんちゅう」と重なってくる。語源的には,

中国語の,「心中」は,

心の中の誠実,

の意味とあり,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E4%B8%AD

には,

「『心中』は本来『しんちゅう』と読み、『まことの心意、まごころ』を意味する言葉だが、それが転じて『他人に対して義理立てをする』意味から、『心中立』(しんじゅうだて)とされ、特に男女が愛情を守り通すこと、男女の相愛をいうようになった。また、相愛の男女がその愛の変わらぬ証として、髪を切ったり、切指や爪を抜いたり、誓紙を交わす等、の行為もいうようになる。そして、究極の形として相愛の男女の相対死(あいたいじに)を指すようになり、それが現代にいたり、家族や友人までの範囲をも指すようになった。」

とあり,過不足なく,言葉の謂れが書かれている。

小谷野敦『日本恋愛思想史』には,

「近松門左衛門が描く娼婦は,大阪のしかも下層の女郎である。『曽根崎心中』『冥途の飛脚』などでは,その女郎が,恋人である男の境遇に同情して,心中し,ともに逃亡するのだが,これらによって心中が流行し,幕府では心中を『相対死(あいたいじに)』と呼び,これを創作に組むことを禁じた。『心中』というのは,がんらい『心中立て』つまり恋人に愛を誓うという意味だった。しかし実際の心中というのは,男も女も金につまってするもので,近松が描いたような美しいものではなかった。…明治期のものながら,落語に描かれた『品川心中』は,品川の岡場所女郎の実態をリアリズムで描いている。」

とある。『品川心中』のあらすじは,

http://senjiyose.cocolog-nifty.com/fullface/2005/06/post_3922.html

にあるとおりだが,リアリズムはともかく,欲得づくであるところは,漫画チックに描かれてはいる。

因みに,「心中」には,

心中立て,
心中尽くし,

といった言葉があり,『大言海』には,「心中(しんぢゅう)」を,

互いに心中立てする意,

と書き,「心中立て」については,

心中を立てとほす意,忠義立て,男だて,同趣,

とある。つまり,ほんらい,「心中」は,「しんじゅう」と訓もうと,「しんちゅう」と訓もうと,

心中立て,

つまり,こころの誠実,要は真心を通す,という意味なのであり,その結果としての,

相愛の男女がその真実を相手に示す証拠立て,

情死

に過ぎない,という意味となる。辞書(『広辞苑』)に,「心中立て」を,

人との約束を守りとおすこと,

とあり,それに注記して,

特に,相愛の男女が誓いを守り通すこと,またその証拠を示すこと,

とあり,「心中尽(しんじゅうずく)」も,

相手への信義・愛情をつらぬくこと,

とある。愛情は,信義の一つの象徴とみなせば,「心中」の意味がよく見える。

『古語辞典』には,「心中(しんぢう)」は,

心,考え,

が最初に意味として載る。この辺りの機微をよくつかんでいる。因みに,「心」という字は,心臓を描いた象形文字。それは,そのまま,

こころ,精神,

を意味し,「中」という字は,

旗竿を枠の真ん中に,貫き通したもので,真ん中の意,
または,
真ん中を突き通す意,

をもつ。まさに,心の真ん中を貫く,とは,佳い字を当てている。

参考文献;
小谷野敦『日本恋愛思想史 - 記紀万葉から現代まで』 (中公新書)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E4%B8%AD



ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 04:54| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください