2015年12月05日

あながち


あながちは,

強ち

とあてる。辞書には,

あまり強引であるさま,
身勝手であるさま,
しいて,必要以上に,異常なまでに,
(下に打消しの語を伴って)断定しきれない気持ちを表す。必ずしも。一概に,
強い否定の意を表す。決して。

とある。語源は,

「アナ(オノレの変化)+勝ち」

で,

自分勝手にしたいままをやっていく,

という意味で,古語は,「強引で身勝手」の意味。しかし,現代語では,

「古語の意味は完全に消えて,下に打消しを伴って,必ずしも,の意でもちいます」

とある。現代の辞書にある名詞的な使い方は,辞書にのみ残っている,ということだろう。

『古語辞典』の注記には,語源辞典と同じ説を取り,

「アナは自己,カチは勝ちか,自分の内部的な衝動を止め得ず,やむにやまれないさま,相手の迷惑や他人の批評などに,かまうゆとりを持ちないさまをいうのが原義。自分勝手の意から,むやみに程度をはずれての意。→せめて,しいて」

と説明する。

『大言海』は,

「アナガチは,嗟勝(あながち)の義。又,孔穿(あなうがち)などと云ふ説あれど,共にいかがか。尚考ふべし」

としている。そして,意味は,

強いて,おして,無理に,

しか載せていない。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/a/anagachi.html

は,「あな(己)+勝ち」をとる。「あな」は,『古語辞典』には,

「オノ(己)の母音交換形。アナガチのアナに同じ」

とある。ただ,別の『古語辞典』には出ていない。

身勝手→衝動を止め得ぬさま→やむにやまれぬさま→一途,ひたむき→必ずしも,→決して,

『古語辞典』の意味を,ただ並べて見ると,自儘な振る舞いが,やむにやられぬ,一途になり,それが否定的な意味合いから,変化していくのが見える気がする。億説に過ぎないが,勝手気ままが,自由に見え,ひたむきにも見える。傍からは,それが必ずしも悪くない,と変じていく,と勝手に流れを作ってみると,それはそれで意味ありげに見えてくる。

ところで,「強(彊)」の字の説明を見ると,

「彊は,がっちりとかたく丈夫な弓。〇印は丸い虫の姿。強は,『〇印の下に虫+音符彊の略字体』」

と載る。もともとは,

「がっしりした体をかぶった甲虫のこと。強は彊に通じて,かたくじょぶな意に用いる」

とある。そのため,強い,という意味だけでなく,彊にあてて,

しいて,
とか
無理やり人にやらせる

といった意味を持つ。

だから,

強いて
とか
強いる

という用い方をする。「強いる」は,語源は,

「古語シ+フ」

で,「サ変の連用形のシ+フ(継続・反復)」が語源。従って,

「し続ける」

という意味で,

「自分でも,他人にとっても,し続けるのは嫌なことです。そういう意味から,強いる,強制する意へと転じたとするのが自然」

とする。し続けることが,「強制」に転じる意味づけは,少し無理がないだろうか。本来和語には,

強制する,

というニュアンスはない。それに,「強」の字を当てたことで,

無理やりやらせる,

という「強」の字のもつ意味が意味をシフトさせていったとみる方が,普通ではなかろうか。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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