野郎


「やろう」というのは,いまだと,

「この野郎!」

と,罵るとき位にしか使わない。辞書(『広辞苑』)には,

田舎者(日葡辞典),
前髪を剃った若者,
野郎頭の略,
初期歌舞伎の俳優の称,
男色を売る者,陰間,
男を罵っていう語,

が意味として載る(この他に,「野郎帽子」の略,というのもあるらしい)。

野郎の語源は,

「ワラワ(童)変化,和郎」

と,

「ヤ(野)+ロウ(郎)」

の混淆した語,とされる。

「和郎(若者・若僧)と野郎(田舎者)は,どちらも男を罵る語」

とあるところを見ると,罵る言葉は,原義らしい。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E9%83%8E

には,

「野郎(やろう)とは、成人男性を指す言葉。江戸時代では前髪を落として月代を剃った男性を指した。のちにこの言葉は男性を罵る場合に使用されるようになる(対語は「女郎(めろう)」

とあり,

「月代を剃った頭を『野郎頭』と言い、その『野郎頭』の役者のみで興業される歌舞伎は『野郎歌舞伎』と呼ばれた。 女形を演じる男性役者は、そり落とした月代を手ぬぐいなど隠したが、やがて『野郎帽子』と呼ばれる被り物を用いるようになった。 野郎歌舞伎の役者(『野郎』)が得意客に呼ばれて遊興の場に連なることもあり、『野郎遊び』、『野郎買ひ』という言い回しが使用された。」

『大言海』は,

野郎
野良

の字を当て,「野郎」の意味の変遷を詳述する。まず,

「薩摩にて,人を罵り呼ぶに和郎(わろう)と云ふ。此語,童(わらわ)の音便なるべし,(童は,古へは,冠を放ちて,わらは形なるを,痛く卑しむる世なれば,云ひしなり)其の和郎の野郎に転じたるなり。さやぐのさわぐ,わやくのわわくの類なり」

と注記する。したがって,

薩摩詞にて,男子を卑しめ呼ぶ語と云ふ。又,貴人にむかへて,下郎を賤めて云ふ,

が意味の最初に来る。次に,

「承応元年,若衆歌舞伎の男色を売る甚だしきによりて,令して前髪を剃り落さしめ,成人の如くならしめし者の称(歌舞伎子(かぶきこ)の条を見よ)。紫の帽子を被りて,成人の姿を隠す。これに因りて,野郎頭,野郎帽子の名起こる。」

とある。因みに,歌舞伎子を見ると,若衆歌舞伎に同じとあり,少年の歌舞伎役者,とある。

これが転じて,直に孌童(かげま)の称。陰間の条の(二)をみよ,

とある。で,陰間を見ると,

「舞台に出ず,陰に居る間の意と云う。蔭子と云ふも同じ」

とあり,こう説明がある。

「少男を抱え起き,若衆歌舞伎にしたてむとて,芸を仕込み居るものの称。蔭子とも云ふ。芝居に出でて歌舞するを,舞台子と云ふに対す(女の踊子をかげま女などとも云へりと云ふ)。蔭子をして男色を売らしむるを色子と云ふ。」

そして,二の条には,

「かげまは,後に全く,男色を売るを専業とする者の称となり,常に女装して客を迎ふ。かげま茶屋とて,娼家の如きものありき。」

とある。

更に,それが転じて,

「泛(ひろ)く前髪なき男子,または,若き男子を罵り呼ぶ語,奴。」

と,何やら一巡して元の「罵る言葉」に戻った感じである。

それにしても,阿国歌舞伎から若衆歌舞伎に,そして野郎歌舞伎に,ずっと色を売るニュアンスが付きまとっている。若衆は,ずばり,

「上略して衆道,下略して若道(にゃくどう)と云ふ」

とあり,男色を指す。

野郎帽子については,

http://www.honnet.jp/metro/rekisi/r192/rekisi27.htm

に,

野郎帽子.jpg

(野郎帽子姿)


「歌舞伎役者が頭に紫の布を付けているのを見られたことがあるでしょう。鬘のない時代ですから、女形(おやま)が月代(さかやき)の髪型で登場すれば、それはあまりにも滑稽なことです。そこで剃った月代を隠す為に布を被せたのですが、お洒落な感じがしてこれを『野郎帽子』と呼んだのでした。それで女形はみんなこのようにしたのでした。」

とある。なるほど,あれを帽子と呼んだのか。

http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/2/2_02.html

には,

女歌舞伎.jpg


「阿国が創始した『かぶき踊り』が人気を博すと、それをまねた遊女や女性芸人の一座が次々と現れました。このような女性たちによって演じられた『かぶき踊り』を『女歌舞伎』といい、京だけではなく江戸やその他の地方でも興行され流行しました。図は京の四条河原の仮設の舞台で行われた『女歌舞伎』で、そろいの衣裳に身を包んで輪になった遊女たちが、当時最新の楽器だった三味線に合わせて踊る様子を描いています。」

それが衆道歌舞伎に,さらに野郎歌舞伎に変っていく。

http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1293

には,

野郎歌舞伎.jpg

野郎歌舞伎時代の芝居小屋 『都万太夫座屏風』早稲田大学演劇博物館所蔵


「成人前の前髪立【まえがみだ】ちの少年による若衆歌舞伎【わかしゅかぶき】が禁止されると、少年たちは前髪を剃り落として歌舞伎を演じました。前髪を落とした頭を野郎頭【やろうあたま】と呼ぶため、野郎頭で演じられた歌舞伎を野郎歌舞伎といいました。それまでの歌舞伎は歌と踊りが中心でしたが、野郎歌舞伎は時間の経過とともに場面が変わる複雑なストーリーをもつ演劇に発展しました。」

とある。

いやはや,たかが「野郎」という言葉の奥行に圧倒される。

参考文献;
http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/modules/kabuki_dic/entry.php?entryid=1293
http://www2.ntj.jac.go.jp/unesco/kabuki/jp/2/2_02.html
http://www.honnet.jp/metro/rekisi/r192/rekisi27.htm
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)



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