2015年12月21日
「のがれ」と「しのぎ」
一時しのぎ(一時凌ぎ)
と
一時のがれ(一時逃れ・遁れ)
はどう違うのだろう,というのが端緒。
「しのぎ」は,辞書(『広辞苑』)で引くと,
「しのぎ」で,
茶道で,風炉の灰をよせるとき,山の灰角(はいかど)の名,
柄杓の名所(などころ)柄のけらくびにつづくところ,
とある。「けらくび」とは,
柄と合 (ごう) (水や湯を入れる部分)の合わせ目,
で,「けらくび」は,
槍の穂と柄とが接する部分。,
だから,そこから来ているのかと思うが,刀剣では,鎬は,辞書(『広辞苑』)にはこうある。
「刀剣の名所(などころ)。投信の刃と棟との間を縦に走り,稜線をなして高くなったところ。また,両刃の剣の中間的にある稜線。ある種の鏃にもある。」
つまり,鎬の字を当てると,鑓でも刀でも,
「刀の刃と峰(背の部分)の間で稜線を高くした所」
あるいは
「刃と背(みね)との間の稜(かど)立って高い部分」
を指す。図で見ると,鎬の位置は,
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/5/57/Katana_%28ja%29.png/300px-Katana_%28ja%29.png
でよく分かる。「鎬を削る」としいう言い回しがあるが,
『 語源由来辞典』
http://gogen-allguide.com/si/shinogiwokezuru.html
には,
「しのぎ(鎬)」とは、刀の刃と峰(背の部分)の間で稜線を高くした所。 その鎬が削れ 落ちるほど激しく刀で斬り合うさまを「しのぎを削る」と言うようになり、後に、刀を用いた争い以外にも熱戦を指して言うようになった。 苦しみに耐えて何とか切り抜ける意味の『凌ぎ』を用いて,『凌ぎを削る』と誤表記されることがある。『鎬』の語源が『凌ぎ』と関係ないとは言えないが,『しのぎを削る』という慣用表現において『凌ぎ』は関係ない…」
とあり,「しのぎ」が「けらくび」の位置なら,「つばぜり合い」と間違えているのではないか。「つばぜりあい」は,「鍔迫り合い」と当てるが,
「互いに打ち込んだ刀を鍔で受け止めたまま押し合うこと」
だから,「けらくび」のあたりで,もみ合うことになる。しかし,「鎬を削る」は,
「切り合うとき,鎬が互いに強く擦れて削り落ちるように感ずるからいう」
とあり,刀身をぶつけ合うことを指すので,「けらくび」でいう「しのぎ」と「鎬」は位置が違うような気がする。
しかし,『語源由来辞典』とは異説だが,「鎬」と「凌ぎ」は,語源的には関係がある。「鎬」について,
「語源は『しのぎ(凌ぎ)です。刀の衝撃を凌ぐ(耐える)部分のことを指します。」
とあり,本来,「凌ぐ」ために「鎬」がある,ということになる。因みに,ヤクザの言う,
シノギ,
も,そこから来ていて,
「シノギとはヤクザ・暴力団の収入や収入を得るための手段のことをいう。『糊口をしのぐ(飯をのり状の粥にして食いつなぐこと)』または『鎬(しのぎ)を削る(両者の刀の鎬が削れるほどの激しい戦いのこと)』からきたとされているが詳しいことはわかっていない。暴力団の主なシノギとして用心棒、麻薬の密売、ノミ行為、高利貸しといったものから、最近ではオレオレ詐欺・ワンクリック詐欺の元締めなど手の込んだものまで、違法性のあるものが多い。」
とある。
「しのぎ」も「鎬」も,結局,
凌ぎ,
から来ているが,『大言海』には,
しぬぐの転,
とあり,「しぬぐ」をみると,
忍ぶの他動の意,
とある。『古語辞典』では,
踏みつけ,抑える意が原義,
とある。辞書(『広辞苑』)には,
堪えること,しのぐこと,
一時をしのぐ意,
とあり,いまは,逆転しているが,本来は,『古語辞典』にある,
押さえ伏せる,
山・波などを押し分けのりこえる,
侮る,さげすむ,
で,それが,主客逆転して,
辛抱して困難・障害などを乗り切る,
という意に転じたとみることができる。「凌」の字は,
「夌(りょう)は『陸(おか)の略体+夂(あし)』の会意文字で,力をこめて丘の稜線を越えること。力むの力と同系で,その語尾が伸びた語。筋骨を筋張らせて頑張る意を含む。凌は,それを音符として,冫(こおり)を加えた文字。氷の筋目の意味」
とあり,
力をこめて相手の上に出る,
といった,「力づく」の感覚がある。そう考えると,
「一時凌ぎ」
は,逃げ身というよりも,力づくで拮抗するというニュアンスがある。因みに,「鎬」の字は,
「硬い金属のこと」
を意味する。一方,
一時逃れ,
は,似た意味には違いないが,
「その場だけつくろって、困難や責任を逃れようとすること」
というか,
「間に合わせ」
のニュアンスがあり,似た意味ながら,どこか身をかわそうという逃げの姿勢が見える。「のがれ」は,
逃れ,
か
遁れ,
いずれにしても,「回避」のニュアンスがある。「逃」の字は,
「兆は,骨を焼いて占う時に,左右に離れた罅が生じたさま,『逃』は,『辶(足の動作)+音符兆』で,右と左に離れ去るさま」
とあり,「遁」の字は,
「盾(とん)は『目+頭を隠す楯』の会意文字。遁は,『辶(すすむ)+音符盾』で,何かをたてとしてそれに隠れつつ進む,つまり隠れて姿を消すこと」
とあり,一時逃れ(遁れ)は,まともに向き合うのを避けていることに変りはない。
それなら,今はほぼ同じニュアンスで使われるが,やはり,
一時逃れ,
よりは,
一時凌ぎ,
の方が,ましということになる。
参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E5%88%80
笠間良彦『日本の甲冑武具辞典』(柏書房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm
今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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