2015年12月26日

御の字


御の字は,辞書(『広辞苑』)には,

最上のもの,
ありがたい,しめたなどの意,

とあり,少なくとも,最上のものというより,

ありがたい,

程度のニュアンス,あるいは,

「ないよりまし」
とか,
「余沢」

というニュアンスで使うことが多い気がする。

『大言海』には,

「尊称の連体詞なる御を,名詞に用いたるもの。キチガヒをきの字などと云ふ類」

とある。で,

「容姿の好きを褒めて云ふ語」

と簡潔である。『古語辞典』には,

「『御』という文字」

という説明があり,「貴人の名のただ代わりに御の字ばかり書くべし」

との用例が載る。その他に,「特に,遊里の太夫をいう」とも載る。

『デジタル大辞泉』

http://dictionary.goo.ne.jp/jn/34706/meaning/m0u/

には,

「江戸初期の遊里語から出た語。『御』の字を付けて呼ぶべきほどのもの、の意から」

とあるので,本来は,

非常に結構なこと,望んだことがかなって十分満足できること,
最上のもの,

というニュアンスを,「御」という字に込めたものと思える。

「御大(おんたい)や御身(おんみ)など、『御』という字は特に優れたものの頭につく最上級の尊敬語。『御』という字をつけたくなるほどの尊いもの」

という意味の説明もあった。語源的にも,

「御の字をつけたいほどありがたいの意」

ということになる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/o/onnoji.html

でも,

「 御の字の『御』は尊敬の意を表したり、名詞の頭に付けて丁寧に言うときに用いる。 その『御』の字を付けたくなるほどありがたいという意味で、『御の字』 という言葉が生まれた。 もとは遊里から出た言葉で、江戸時代初期から見られる。」

とある。しかし,『デジタル大辞泉』は,補足として,

「文化庁が発表した平成20年度「国語に関する世論調査」では、『70点取れれば御の字だ』を、本来の意味とされる『大いにありがたい』で使う人が38.5パーセント、本来の意味ではない『一応、納得できる』で使う人が51.4パーセントという逆転した結果が出ている。」

とある。「そこそこ」「まずまず」といった意味合いで使う,ということだろうか。

「そこそこ」は,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/405919893.html

で書いたように,

ぎりぎりセーフ,

という含意だし,「まずまず」も,

どうにかこうにか,

といった含意である。そんなニュアンスで使っているというのである。つまり,

「『御の字』という言葉に、100点満点中の60点くらいの合格点というイメージを持つ人」

が多いということである。辛うじて合格点,ABC評価で,Dランク,Fにならない,不可にならないというニュアンスである。たしかに,正確に言えば,

「大いに有り難く、非常に満足である」

が正しくて,

「満足というほどではないが、納得できるレベル」

というのは不正確だというわけである。たとえば,

「どの程度を満足と思うかは人それぞれですが、たとえば60点を目標として臨んだテストで70点であれば満足のいく結果だったと言えるでしょう。この場合は自分の想像以上の結果が出ていますので『とても有り難いなあ、御の字だよ』という表現を用いることができます。一方、70点くらいは取れると思っていたテストで、60点しか取ることができなかった。60点が合格点だとしても、取り組んできた勉強に対して本人は不本意な結果であったと感じるのではないでしょうか。『それでも合格したのだから、まあいいか。御の字だね』と表現してしまうと、これは誤りになります。」

という文章もあった。しかし,言葉は生き物。意味の変った言葉は,多い,というかほとんど。今後,意味がそっちへシフトしていくはずだ。それを正否でただすのは,言葉のもつ意味が分かっていないと言われても仕方あるまい。

「大工調べ」という落語に

「あのな一両二分と八百の所へ八百もってってグズグズ言おうてんじゃねえんだ。一両二分、親方の方を持って行くんじゃねえか。八百ばかりはおんの字だい」

という啖呵を切るところがあるそうだ。

「大家に店賃(たなちん)のかたに道具箱をとられてしまって仕事ができないという与太郎に、大工の棟梁が店賃の一両二分八百のうち持ち合わせの一両二分を渡して払わせようとすると、大家は八百足りないからと道具箱を返そうとしない。大家のあまりにも因業な態度に棟梁は腹を立て、大家にぽんぽんと威勢よく罵詈(ばり)雑言を浴びせるという場面」

でのことで,「極めて満足なこと」という意味で使われている。しかしいま,

「いちおう、納得できる」で使う人

が51.4%という逆転した結果が出ているということは,いま,意味が変った,ということだ。そういう言葉の意味が変る,そのティッピングポイントに立ち会っていると思えば,面白いではないか。

参考文献;
平成20年度の「国語に関する世論調査」
http://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/tokeichosa/kokugo_yoronchosa/h20/


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
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