2016年01月11日

野幇間


のだいこは,

野太鼓
とか
野幇間

とあてる。例の夏目漱石『坊っちゃん』の,赤シャツにくっついていた画学の先生の仇名についていたのが,

野だいこ,

どある。

無芸な幇間(ほうかん)を卑しめていう語,

らしいが,辞書(『広辞苑』)には,

内職に幇間(たいこもち)をする者,素人の幇間,転じて芸もなく,ただ客の座をとりもつだけの幇間を卑しんでいう称,

とある。幇間の「幇」は,

助けるの意,

と,辞書(『広辞苑』)にある。

「客の宴席に侍し,座を取り持つなどして遊興を助ける男」

のことだが,男芸者,太古持ち,とも言う。語源は,

「太鼓をうまくたたいて調子を取る」

の意で,転じて,人の機嫌を取る者の意で用いる,とある。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ho/houkan.html

では,

「幇間の『幇』は、助けるの意味、『間』は人と人の間、つまり人間関係のことで、『幇間』は 客と客、客と芸者の間を助ける、酒宴の雰囲気が途切れた際に興を助けるという意味となる。 幇間の俗称が『太鼓持ち』であることから、『幇間』と書いて『たいこ』や『 たいこもち』と呼ぶこともある。また,正式の師匠につかず,見よう見まねで行うものは『野幇間』という。」

とある。しかし,『大言海』をみると,

太鼓持,

の字を当て,

「六斎念仏の鉦持太鼓持より起こりて,金持ちに陪する意なりと云ふ」

とある。そして,

「吉原にて客人に従い一座の取持ち伽になるを業とするもの。をとこげいしゃ(男芸者)の異名。」

とあり,こう追加してある。

「太鼓持に対して,放蕩者を鉦打と云ひたり。芸なくして伽となるを,野太鼓と云ふ。…金を持つ者は太鼓を持たず。」

因みに,六斎念仏(ろくさいねんぶつ)は,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%96%8E%E5%BF%B5%E4%BB%8F

に詳しいが,

三宅_六斎念仏.jpg


「古く六斎日に行われた念仏であるとされる。」

もので,六斎日(ろくさいび)とは,

「仏教の思想に基づく斎日のひとつ。この斎日は1ヶ月のうち8日・14日・15日・23日・29日・30日の6日で、前半の3日と後半の3日に分け、それぞれの3日を三斎日と称した。
六斎日の歴史は古く、律令制における令にもこの日は殺生を禁じる規定があり、出家したものは布薩説戒を行い、在家のものは八斎戒を守ることとなっていた。」

とある。これに起因しているらしいが,まあ,幇間は,昔の大人の遊びにセットだ。

落語に『鰻の幇間』というのがある。

「夏の盛りの真っ昼間。野だいこの一八は、知り合いの姐さんたちのところを回って食事にありつこうとするがみんな留守。焦った彼は、通りかかった『どこかで見たような男』を取り巻いて、必死で昼飯にありつこうとする。首尾よく(汚い)鰻屋に連れて行ってもらうが、この男、とんでもなくしたたかな性格で、のらりくらりと探りをかわし、一八を残して食い逃げする。その上お土産を二人前(話によっては十人前)も持って帰っていたために、一八は全部自腹を切らされてしまう。おまけに、芸人自慢の下駄までもっていかれていた」

という噺だが,相手にたかろうとする一八に,確か「ダニみたいだ」と言われても食い下がった挙句の,やらずぶったくられた顛末である。まさに,野幇間である。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
http://white1.seatears66.com/6_4.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%96%8E%E5%BF%B5%E4%BB%8F


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
【関連する記事】
posted by Toshi at 05:42| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください