2016年01月12日


伽は,

とぎ

と訓むが,辞書(『広辞苑』)には,

相手をつとめること,つれづれを慰めること,
夜のつれづれなど,そばにいて話の相手をすること,またそのひと,
寝所にはべること,またその人,
看病すること,またそのひと,
御伽衆,

とある。「伽」の字は,本来は,

「梵語のガの音を音訳するために作られた字」

で,伽藍とか伽羅に使われる。「トギ」に「伽」を当て,退屈を慰める意に用いるのは,我が国だけのことらしい。

この「伽」に「お」をつけるのも,別に項目としてあり,似ているが,

お相手をすること,特に戦国・江戸時代,主君のそばにいて話し相手をつとめること,また,その人,
寝室に侍ること,またその人,
「おとぎばなし」の略,

とある。どちらかというと,いまは,寝室云々の方の意味が強いが,相手をすること,ということが本来の意味なのだろう。『古語辞典』には,

「トギは,相手をする意の動詞トギの名詞形」

とある。従って,「おとしばなし」は,

御伽話
あるいは
御伽噺

と書く。いまや,桃太郎やかちかち山のように,

子供にきかせる昔話や童話,

の意となっているが,本来は,

伽の際に人のつれづれを慰めるために語りあう話,

であり,織豊期の秀吉や秀次などの大名の,

御伽衆,

というのは,

室町時代以降,主君に近侍して話し相手を務めた役,

を指す。別名,

御咄衆,
御迦衆,
相伴衆,
談判衆,

とも呼ばれる。あるいは,

話伽,
咄の衆,

という言い方もある。秀吉の御伽衆には,一説には800人とも言われ,

曾呂利新左衛門,
織田有楽斎,
足利義昭,
織田信雄,
佐々成政,
千利休,
今井宗薫,
大村由己,
古田織部,
金森長近,

等々,それに,信長に謀反し,家臣,家族を見捨てて(ために一族皆殺しになった)有岡城を脱出した荒木村重も,確か御伽衆に加わっていたと記憶する。

村重.jpg

歌川国芳筆「太平記英雄伝 廿七 荒儀摂津守村重」


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E4%BC%BD%E8%A1%86

には,

「戦国時代は参謀としての側面が強く、僧侶や隠居して第一線から退いた重臣、没落した大名、武将が僧形となり務めることが多かった。戦乱の世が治まってからは、主君の無聊を慰める役割も重視され、豊臣秀吉の頃には勃興した新勢力である町人らも召し出され新たな文化の担い手となった。江戸時代以降も将軍や諸大名は御伽衆を召し抱えたが、政治の実権が重臣に移るにつれ、次第に勢力は衰えた。」

とある。だから,単に,

「退屈をなぐさめるために話し相手をすること」

というわけでもない。因みに,「はなし」(話・咄・噺)は,

「放す(心の中を放出する)」

が語源。

「物語とか,物をカタルとかのカタル(語)が,ダマス(騙・瞞)に使われるようになってきたので,近世になってハナスに,漢字の『話』を当てて生まれた語」

と説明がある。漢字の「話」は,

「舌(カツ)は,舌(ゼツ)とは別の字で,もと丸くえぐる刃物の形(厥刀[けっとう]という)の下に口印を添えた字で,口に丸くゆとりをあけて,勢いよくものを言うこと。話は『言+音符舌(かつ)』で,すらすらと勢いづいてはなすこと」

と,説明がある。物語の意味もあり,この字を当てた人の見識が伺える。

因みに,「咄」は,

「突然,沈黙を破って舌打ちする擬声語」

で,昔話や小話に当てたのにはどんな意味があったのか。さらに,「噺」は,

「口+新」

で,耳新しい噺の意を込めた日本製の漢字。

参考文献;
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E4%BC%BD%E8%A1%86
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)


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