2016年01月22日

がらんどう


「がらんどう」は,

伽藍堂

と,当てるケースもあるが,本来別ではないか。辞書(『広辞苑』)には,

がらんどう,

は,中に人や物が何もないこと,

という意味であり,

伽藍堂,

は,

寺院の中で,伽藍神を祀ってある堂,

とある。因みに,伽藍とは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%BD%E8%97%8D

によると,

「伽藍は、僧侶が集まり修行する清浄な場所の意味であり、後には寺院または寺院の主要建物群を意味するようになった。サンスクリット語のsaṁghārāma (सँघाराम) の音写で、『僧伽藍摩(そうぎゃらんま)』『僧伽藍』が略されて『伽藍』と言われた。漢訳の場合は『衆園(しゅおん)』『僧園(そうおん)』などと訳された例があるが、通常『伽藍』とのみ呼ばれる。」

それが,後に,

寺院の建築物の称,

に広がって使われるようになった。宗派によって異なるが,

「伽藍を構成する主な建物として、俗世間との境界を示す山門、本尊を祀る本堂、仏塔、学習の場である講堂、僧の住居である庫裏、食堂(じきどう)、鐘楼、東司などがある。」

ということになる。伽藍神(がらんじん)は,

「寺院を守護する神。護伽藍神(ごがらんじん)・守護伽藍神・寺神ともいう。」

で,伽藍神を祀る堂を伽藍堂という,ということになる。

「通例『伽藍神』といえば、禅宗寺院の仏殿等に祀られる、道教神の姿をした像をいう。日本では、この種の像は中国宋代仏教の影響を受け、鎌倉時代中頃から制作・安置されるようになった。」

とあり,

「高野山の四社明神,延暦寺の山王七社,興福寺の春日神社などが著名」

と。「がらんどう」の語源については,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8C%E3%82%89%E3%82%93%E3%81%A9%E3%81%86

では,

「もともと伽藍神を祭る『伽藍堂』が語源といわれる。『伽藍堂のように何も無い』部屋などといわれた事から、そのように言われるようになった。」

とするし,『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/06ka/garandou.htm

も,

「がらんどうとは建物の中に人がおらず、物もあまりない閑散としたさまを表す。がらんどうとはもともと寺院にある伽藍堂のことである。寺院のお堂は広く、人もあまりいないことからきた言葉であり、本来は寺院のように広い建物に人や物がないさまを指したが、最近では狭い部屋であってもがらんどうと言う。(『がらんとしている』の『がらん』も伽藍堂からきたものである)またこれが転じ、財布の中に何も入っていない状態、つまり無一文のこともがらんどうという。」

を「がらんどう」「伽藍堂」をとる。手元の『日本語源広辞典』は,

「ガラン(空虚のカラの撥音化)+ドウ(空洞)」

としている。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/garandou.html

は,

「がらんどうの語源には、寺院の中で伽藍神を祭ってある堂を『伽藍堂(がらんどう)』と いい、伽藍堂の中は何も無くて広々としていることからとする説がある。 また、『がらん』『 からん』『からっ』『からから』などの擬態語からや、『から(空・殻)』が転じたとする説もあり、がらんどうの語源は未詳である。」

と,未詳とする。『大言海』は,「がらんと」と「がらんどう」を別項を立て,

「がらんと」は,

ガランは,空(から)の音便転」

とし,「がらんどう」は,

「がらんとの語を,伽藍堂と移して,寺堂の広きに寄せて云ふ語にもあらんか」

とする。たぶん,これが正解だろう。がらんと広い感覚を,伽藍堂に当てはめることで,視覚的イメージが鮮明になった。浄土宗の,

http://jodo.or.jp/knowledge/word/19.html

をみると,

「中に何も入っていなかったり、また、だれもいず、ガランとして広かったりするありさまに使う。広い建物、例えば講堂や体育館などは、人が使っていない時、とかくがらんどうの感じが強い。これに漢字を当てると『伽藍堂』となる。つまり、伽藍というのはお寺、堂は神仏を祀るとか、多くの人を入れるための建物のことをいう。殿堂、廟堂、公会堂その他、大きくて広く立派な建物のことは、とかく『堂』をつけ、『正々堂々』などのように、小細工のない、貫録があることを形容するにも使う。ここから、学問や技芸などが深奥に達するのを『堂に入る』というようになった。いずれにせよ、寺院というものは、古来から、広く大きい建築物で、ふだんはほとんど人気がなく、堂々と静かなたたずまいを誇ったものである。そこから『伽藍堂』という形容句が生まれたものであろう、と思われる。」

「がらんどう」に,「伽藍堂」の字を当てた効果が,こう言う文章,感覚を生む,といういい見本だ。言葉で視界が開くが,漢字のもつ視覚効果は格段に大きいと実感させられる。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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