阿部正路『日本の妖怪たち』を読む。
妖怪というと,先日亡くなった水木しげるになるが,彼が依拠したのが,鳥山石燕の『画図・百鬼夜行』である。
(河童 川太郎ともいふ、『画図百鬼夜行』の内、一図「河童」蓮池の茂みから現れ出でた河童を描く。)
鳥山石燕(1712~1788年)は,『今昔物語』や『宇治拾遺物語』が,
「〈さまざまの怖ろしげ〉とのみ帰した妖怪たちをみごとに視覚化」
した。『画図・百鬼夜行 前偏 陰』には,
「『木魅(こだま)―百年の樹には神ありてかたちをあらはすといふ』から『白沢(はくたく)―黄帝東巡し,白一たび見(あらわ)る,怪を避け害を除き,靡く所偏せず』に至るところ百五十五類に及ぶ視覚化された〈妖怪〉が並び,まことに壮観」
と,著者は書く。しかし,と,著者はこう書く。
「石燕の画図には,『今昔物語』や『宇治拾遺物語』が〈さまざまの怖ろしげ〉とのみ記した妖怪たちをみごとに視覚化しているものの,かえって〈さまざまの怖ろしげ〉なものから遠ざかっているようにすら思える。いや,正確には,石燕の画図に視覚化されたものは,『今昔物語』や『宇治拾遺物語』などが心にとめていた〈さまざまの怖ろしげ〉なるものとはまったく異なった他のあるものだというべきなのかもしれない。しかし,それ以上に,日本の妖怪たちは視覚化されることを根本から拒否しているのではあるまいか。日本の妖怪たちは,どこまでも観念的な実在としての〈希有希現〉なのであって,視覚的な存在としての〈毛羽毛現〉ではないのではあるまいか。」
さらに,草森紳一氏の,
「石燕は,妖怪を,あたかも檻に入れられた動物のように,封じこんでしまっているのである。これらの百鬼は,からめとられ,骨抜きにされた妖怪なのである。恐怖感は起きるはずもない。」(『お化け図絵』)
という言葉を引いて,著者は,
「『画図』の外に,常に〈妖怪〉は存在しているのであって,『画図』の中には決して閉じ込められることはない。」
と書く。
水木しげるの妖怪ワールド 妖怪大全集
http://www.top-page.jp/site/page/mizuki/complete_works/list/
を見ても,それは,わかる。しかし,である。本来,
〈さまざまの怖ろしげ〉
という言葉の向こうに,それぞれの人が見ていた恐ろしい視界を,
画図化,
することで,一つに強制することは,そういう意味を持つのではあるまいか。しかも,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/432575456.html?1452804830
で,取り上げたように,江戸時代は,「妖怪」を物語として楽しむ時代になっている。
「江戸期の巷間にいて,明らかに『世間話』として享受され,機能していたと考えられる場合が少なからず存する。」(『江戸の怪異譚』)
世間話とは,いまふうに言うと,「都市伝説」である。そういう時代背景の中で見れば,石燕は,時代の要請にこたえたのでもある。
本書は,鳥山石燕をはじめ,怪談研究の名だたる人を上げ,水木しげる,手塚治虫にまで言及している。まあ,妖怪研究の入門書と考えていいのではないか。
本書の巻末に,「妖怪出現略年表」があり,
「草木がものを言った。伊邪邦岐命が黄泉醜女に襲われる(『書紀』では,伊弉諾尊は,冥界の鬼女に襲われる)」
から始まって,慶応四年,
「明治天皇は讃岐の白峯山中の大魔王を鎮めた」
で終わっている。これは,崇徳上皇の怨霊を鎮めた,ということを意味する。この怨霊については,
http://ppnetwork.seesaa.net/article/407475215.html
で触れた。この時点で,一応公式には,
「妖怪たちを封じ込めた」
ことになる。しかし都市伝説としての「世間話」は生き続けているが。
「あとがきに代えて」で,こう締めくくっている。
「妖怪の基本は,…二種類以上の動物が一つになった場合で,《鵺(ぬえ)》にその一典型をみる。鵺に限らず,妖怪のほとんどは尻尾を持つ。尻尾は,動物が方向感覚のバランスを保つためのかけがえのない《舵》である。その舵を持たない人間は,実は妖怪にすら及ばないのではないのか。さらにいえば,尻尾を出すとは,化けの皮がはがれることをいい,尻尾は常に,ごまかしやかくしていたことが表面にあらわれるいとぐちになる。」
しかし,昨今,日本の妖怪たちは,化けの皮がはがれても,臆面もなく,平然としている。あれは妖怪ではなく,ひとだったということか。
参考文献;
阿部正路『日本の妖怪たち』 (東書選書 )
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%B1%E7%9F%B3%E7%87%95
水木しげる『妖怪事典 正・続』(東京堂出版)
堤邦彦『江戸の怪異譚―地下水脈の系譜』(ぺりかん社)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)
ホームページ;
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今日のアイデア;
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