2016年02月11日

おきゃん


おきゃんは,

御侠

と当てて,辞書(『広辞苑』)には,

「キャンは唐音。『侠』を女の名のように用いたもの」

とあり,

「(若い)女の行動や態度が,活発で軽はずみなところがあること,たそのような女。おてんば」

と意味が載る。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/o/okyan.html

に,

「現在はあまり使われず、死語となっている。」

とあるように,ほとんど耳にしない。男側ないし社会通念として,女らしくないという観念で女性を見るところからのことばだから,まだまだにしても,男女差が,我々の意識の中で,消えてきたためだろう。語源は,

「おきゃんは、漢字 で『御侠』と書かれ、接頭語の『御』と『任侠(にんきょう)』などの『侠』の字を唐音読み『侠(きゃん)』からなる。元々は,接頭語の『お』をつけない『きゃん』の形で使われ,勇肌で粋なことや人を意味した。そのような性格であれば,男女問わず使われていたが,明治時代に入ってから『お』を付け,若い女性のみを指す言葉になった。」

とあり,明治以降,女性の活発さが目につくようになったということなのだろうか。『古語辞典』には,

きゃん(侠)

として,

「任侠の気概に富み,言動の威勢がいいこと,またその人。女にも言う」

とある。これを見る限り,価値表現はない。つまり,その状態を指して,

気概のある,威勢の良さ,

を指している。しかし,『大言海』には,同じく,

きゃん(侠)

で載り,

「きんぴら娘の略転したる語か,倭訓栞,きゃん『侠の唐音なるべし』」

と注記して,

「きんぴらむすめ,はすはむすめ,おきゃん,おてんば」

と意味が載る。どうも,「侠」を男女に,

状態表現,

として使っていたはずなのに,女性を指すようになると,とたんに,

価値表現,
感情表現,

となり,『大言海』は露骨に,というか時代を反映してか,あけすけになる。因みに,「侠」の字は,

「右側の元の字は,夾で,両脇に子分を抱え,両側から守られて大の字型に立つ親分を示す会意文字。侠は,『人+音符夾』で,夾の後出の字」

とあり,

「子分をかかえて仲間同士で協力する人たち。男だて」

と意味が載る。いわゆる「任侠」「侠客」の「侠」である。

「おきゃん」の類語を調べると,

おてんば,
はすっぱ,
尻軽,

と散々である。まずは,『大言海』の,

きんぴらむすめ,はすはむすめ,おてんば,

に当たってみると,「きんぴらむすめ」は,

金平娘

と当て,

荒々しい振る舞いをする少女,伝法肌,

という意味になる。ここまでは,「おきゃん」の状態表現を維持しているように見える。「おてんば」は,

オテンバ,

と載り,「於轉婆」と,明らかな当て字で,

「蘭語 otembaar」

が語源とする。

「女の出過ぎたるたるもの。たしなみなき女。あばずれもの等々」

とあり,「てんばの條をみよ」とある。「てんば」には,

「此語,古来,仏蘭西語なりと云ひ,又,顚婆なりと云ひ,又,天馬なりと云ひ,又傳播の意義の変転したるものなりと云ふが,皆あらず,蘭語にぞある」

と注記する。しかし,語源辞典を見ると,二説あるらしい。

ひとつは,オランダ語のotembaar説。英語のuntamable(飼い馴らし得ない)の意,
もうひとつは,傳馬(将軍家御用品を運ぶ馬)説。威勢よく元気に跳ね回る馬の比喩から元気よく跳ね回る意,

とあるらしい。どちらとも決めかねるが,後者は,少し無理があるような気がする。しかし,辞書(『広辞苑』)で。「転婆」をみると,

騒々しくてつつしみのない女,出しゃばり女,

という意味(だんだん意味が本来の状態表現から,価値表現がえげつなくなる気がするが)の他に,

そそっかしいこと,軽はずみ,男女ともにいう,
親不孝なこと,

という意味が載り,「転婆」もまた,本来,その軽はずみさを,男女に使っていたことが判る。

「はすは」は,

蓮葉,

と当て,『大言海』は,

「はすは」
「はすはめ(蓮葉女)」
「はすはむすめ(蓮葉娘)」

と分けているが,「はすは」について,

「斜端(はすは)の意か,あるいは云ふ,蓮葉の義か」

とあり,「蓮葉」は,

「蓮葉の水をはじくに,ひらしゃらするより,女の其状をなすに,喩へて云ふ語」

とある。辞書(『広辞苑』)にも,「斜端(はすは)」と「蓮の葉が水をはじく時の形状に喩えた語」と同じ説を載せる。ただ,「蓮葉商」という言葉があり,

際物師,

を指し,『語源辞典』は,「蓮つ葉」について,

「蓮の葉商い」

と説明し,際物商売の粗悪な品を指す,とある。それが転じて,

「はでで,下品で軽はずみなこと」

を指す,と。それにしても,「おきゃん」の類語の幅の広いこと,

元気さ

たしなみのなさ

の裏腹は,まあわかるとしても,それと,

軽はずみ,

下品,

とはつながらない。いまもそうかもしれないが,女性を貶めるのは,男側の心の反映と考えると,それと違うものを勝手に求めているのだということがよくわかる。しかし,そこに価値表現を加えるのは,いかがなものか。その意味で,おきゃんも,おてんばも,はすっぱも,皆死語になっているのは,いいことに違いない。

参考文献;
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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