2016年02月14日

分裂病


中井久夫『分裂病と人類』を読む。

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いまは,統合失調症というが,これについて,著者は,「新装版あとがき」で,

「統合失調症とは何かというのは,当時も精神医学の大問題であったが,私は人文科学の助けを借りてこれを解こうとしたのである。ことに精神分裂病は,その後,病名までが『統合失調症』と変り,私もそれを支持する一文を書いているが,復刊に当たっては編集者と話し合って,けっきょく昔の題を残すことにした。この本の『固有名詞』とおもっていただくとありがたい。」

と,書き添えている。その「分裂病」についての,著者の見解は,人というものを考えさせるところがある。たとえば,

「オランダの臨床精神医学者リュムケは,正常者もすべていわゆる分裂病症状を体験する。ただし,それは数秒から数十秒であると述べている。この持続時間の差がなにを意味するのか,と彼は自問する。」

と,

第一章 分裂病と人類

を書きだした著者は,

「私は一方では,分裂病になる可能性は全人類が持っているであろうと仮定し,他方では,その重い失調状態が他の病いよりも分裂病になりやすい『分裂病親和者』(以下,S親和者とよぶ)を考える。…分裂病親和性を,木村敏が人間学的に『ante festum(祭りの前=先取り)的な構えの卓越』と包括的に捉えたことは私の立場からとしてもプレグナントな捉え方である。別に私はかつて『兆候空間優位性』と『統合指向性』を描出し,『もっと遠くもっと杳(かす)かな兆候をもっとも強烈に感じ,あたかもその事態が現前するごとく恐怖し憧憬する』と述べた(兆候が局所にとどまらず,一つの全体的な事態を代表象するのが『統合指向性』である)。」

と,分裂病,あるいはその親和性を分析する。ここにあるのは,気質の拡大化した見方である。つまり,極端化とみるということである。この先取り的構えを,微分回路(的認知),積分回路(的認知)のメタファで,

「入力の時間的変動部分のみを検出し未来の傾向予測に用いられる」「ノイズの吸収力がほとんどない」

微分回路的認識は,「系統発生的には」,

「過去全体の集積であり,つねに入力が出力に追いつけず,傾向の把握に向かないが,ノイズの吸収力が抜群」な,

集積回路的認識より古く,

「微分回路は見越し(リード)式ともいわれ,変化の傾向を予測的に把握し,将来発生する動作に対して予防的対策を講じるのに用いられる。まさに先取り的回路ということができる。またウォッシュ・アウト回路と言われるごとく,過渡的現象に敏感でこれを洗いだす鋭敏さがあり,t≒0において相手の傾向を正しく把握する。しかしこの“現実吟味力”は持続しない。すなわち出力が入力に追随するのは,t=0付近だけで,時がたつにつれて出力は入力に追随できず,すぐ頭打ちとなり漸次低下する。増幅力の意地も不能で不定となる。中程度の増幅力では突然入力にも漸変入力にも合理的に対応できるが,ある程度以上の増幅に弱い。また過度の厳密さを追求してt=0における完全微分を求めようとすると相手の初動にふりまわされて全く認知不能になるという。また…高周波ノイズが介入すると出力が乱れる。また未来指向的な回路であって過去のメモリーがいかされない。」

という,この気質は,分裂病親和者に重なる。

「(微分回路のメタファは)分裂病親和者の多くの局面を説明するもののように思われる(対人関係論的にみればすべては相互的なので,相手に波長を合わせて(チューン・イン)ている分裂病治療者のほうも面接時に微分[回路]的感覚に鋭くなるはずだ)。もし不安に駆られて完璧な予測を求めようとするならば,これはt=0における完全微分を求めることで,かえって相手の初動にふりまわされてしまい,発病の初期に見られるごとく身近な人物のほとんど雑音に等しい微表情の動きに重大で決定的な意味をよみとり,それにしたがって思い切った行動に出る。また入力の変化から将来の傾向を鋭敏に予測し,過渡的現象も見のがしはしないが,時とともに出力の変動は入力の変動を反映しなくなり(現実吟味性の低下),エネルギー的にも低下,増幅力も維持できず,不安定になる。この辺りは分裂病親和者の疲れやすさ,あるいは分裂病者のポテンシャル喪失を想わせる。晩発性治癒が問題となって以来…,分裂病的変化を,理論的には可逆的であるが,なかなか回復のエネルギーをとり出しにくい構造と考えねばならなくなってきたけれども,微分回路の欠点はおおむねこれに対応するモデルとなるように思われる。」

この「兆候空間=微分(回路)的認知」は,

「人類史においても最古の段階である狩猟採集民においてもっともその長所をはっきできたのではないか」

と,著者は想定し,ブッシュマンを例に,その認知特性を分析し,こう要約する。

「狩猟採集民においては,強迫性格もヒステリー性格も循環気質も粘着気質も,ほとんど出番がない。逆にS親和型の兆候性への優位(外界への微分[回路]的認識)が決定的な力をもつ。ここでは(中略)つねに現在に先立つ者であることだけが問題なのだ。」

しかしその気質は,「粘着質的職業倫理」に比して,

「ほとんど負(マイナス)の意味を帯びた形容詞でかざられる」

ばかりでなく,

「多くの社会復帰事業は,分裂病経過後の,いわば鎧の糸の(少なくとも一旦は)ほころびた分裂気質者を執着気質者に仕立て直すことをめざしている。」

と皮肉る。そこには,執着気質が,いまの時代に叶う気質であるという「社会的被規定性」を持っている,ということなのであろう。だから,

「分裂病者の社会『復帰』の最大の壁は,社会の強迫性,いいかえれば脅迫的な周囲が患者に自らを押しつけて止まないこと,である。…ただ言いうることは,私がかつて分裂病者の治癒は『心の生ぶ毛』を失ってはならないといったが,実はそれこそは分裂病者の微分(回路)的認知力であり,それが摩耗してはすべてがむなしい。」

と書く。「心の生ぶ毛」と「心のひげ根」という言い方で,分裂病者の気質にとって,その「高い感受性」こそがかけがえのないものだという,治療者としての著者の射程の深い眼差しを感じさせることばである。

そして,もし社会が,粘液気質のものばかりであったら,どうなるか,と問う。

「とくに木村のpost fesyum(事後=あとの祭)的な構えのゆえに,思わぬ破局に踏みいれてなお気づかず,彼らには得意の小破局の再建を『七転び八起き』と反復することはできるとしても,『大破局は目に見えない』という奇妙な盲点を彼らがもちつづけることに変りはない。そこで積極的な者ほど,盲目的な勤勉努力の果てに『レミングの悲劇』を起こすおそれがある」

から,人類において,いつも1%前後の統合失調症が現れる,意味があるのだろう,と述べる。

精神病と人類史,あるいは社会との関連性に注目して,第二章では,「粘着気質の歴史的背景」,さらに第三章では,「西欧精神医学背景史」と,視野を広げていく。その見識の深さと,射程の広さには,ついていくのでやっとであるが,前者で,分裂気質の世直し型に対して,立て直し型の粘着気質の仕事ぶりを,二宮尊徳を例に取り上げていく。後者は,精神病というものが,いかに被社会規定性かを,古代ギリシャからひもとき,

「市民社会の成立と近代精神医学のそれとのあいだには,きわめて密接な関連がある。」

として,フランス革命以降を丹念に追尾し,

「二十世紀初頭における最大の精神医学的発見は分裂病の発見であり,これは古代以来の躁病・うつ病の二大別をくつがえしただけでなく,精神医学それ自体の雰囲気を一変させた。」

そしてヨーロッパではアカデミズムに受け入れられなかったフロイトが,アメリカで,公式精神医学として採用され,

「治療者に医師資格を前提とする」

というアメリカ精神医学の独特の成り立ちまで追っていく。そこにあるのは,独特の西洋の文化史,宗教史と絡み合った陰翳で,一読だけでは,その含蓄を味わい尽くせないほどの深みがある。その動機を,1982年のあとがきで,

「私の意識には,自分の一応実践していることになっているが,ある距離と違和を感じてもいる西欧精神医学の正体を見きわめたいという強い底流が一貫してあり,さらにその底には,『近代西欧』という現象は何であろうか,という考えが底流しているのを感じる。『それは非常に特殊なものではないか』という感じが私にはつねに存在してきた。私が,日本その他の魔女狩りの不在に触れたのも,また『近代的自我』をわが国における一つの神話として彼地の『無垢なる乙女の神話』と対置させたのも,その線にそってのことである。」

という問題意識の奥行があってのことと納得させられるのである。その奥には,

「日本における近代精神医学が『近代西欧的な装備は何でも一揃い揃っています』という近代日本百年の至る所にみられるショウ的な存在でありつづけてはならないと思う。『ショウ的存在ではない』という反証の一つは底辺の充実であるのだが。」

という強いマインドが隠れている。

参考文献;
中井久夫『分裂病と人類』 (UP選書 221)



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posted by Toshi at 05:21| Comment(1) | 書評 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして!
中井久夫の「微分的認知」について調べている中でこのブログにたどり着きました。
この「分裂病」の記事が素晴らしくよくまとまっているので、自分のブログsyukankyakkan.hatenablog.comで引用させていただきたいのですが差し支えないでしょうか?
他にも興味深い記事がたくさんあるので、ゆっくり楽しみに読んでいきます!
Posted by ぼん at 2018年08月04日 18:30
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