2016年02月15日

五本指


真偽は知らないが,豊臣秀吉は,六本指であった,という説がある。

秀吉.jpg

「羽柴秀吉画像」(名古屋市秀吉清正記念館蔵)


前田利家の伝記『国祖遺言』に,

「太閤様は,右手の親指が一つ多く六つもあった。あるとき,蒲生氏郷,肥前,金森長近ら三人が聚楽第で,太閤様がいらっしゃる今の側の四畳半の間で夜半まで話をしていた。そのとき秀吉さまほどの方が,六つの指を切り捨てなかったことをなんと思っていらっしゃらなかったようだった。信長さまは秀吉さまの異名として『六ツめ』と呼んでいたことをお話された。」

とある,という。いまでもそうだが,先天性多指症というのがあり,

「指(足の場合は趾)が分離形成される段階で、1本の指(趾)が2本以上に分かれて形成される疾患のことである。結果として手足の指の数が6本以上となる。反対に、指の数が少ないのを欠指(趾)症という。」

何かの本で,出産というのが,いかに奇跡的か,ということを書いてあったのを読んだ記憶がある。

「日本人では手指の場合は拇指(親指)に、足趾の場合は第V趾に多く見られる。」

という。ルイス・フロイス『日本史』にも,秀吉を,

「優秀な武将で戦闘に熟練していたが、気品に欠けていた。身長が低く、醜悪な容貌の持ち主だった。片手には六本の指があった。眼がとび出ており、支那人のように鬚が少なかった。極度に淫蕩で、悪徳に汚れ、獣欲に耽溺していた。抜け目なき策略家であった。」

と書く。姜沆『看羊録』にも,秀吉は,

「生まれたとき,右手が六本指であった。成長するに及び,…刀で截里落としてしまった。」

との記述がある。多指症は,二千人から三千人に一人の発生頻度らしいし,男が三に対して女性が二と言われる。当時の医療技術から考えると,切るのはリスクが大きい。渡邊大門氏は,

「非常に面倒なのは,大小の二つの指には本来は一つになるべく組織などが分化していることで,単に動かしにくい小さい指を切ればよいという問題ではないことである。要するに不要な指を切るというものではなく,指を再生する手術になるということだ。これはかなり複雑なものであり,大手術になるといわれている。」

と述べ,前近代日本では,指を切ったという例はあまりなく,秀吉も切らなかった可能性が高い,という。

なぜ,五本指なのか。

http://matome.naver.jp/odai/2143030879212163801

によると,

「生物は環境によって、長い時間をかけて姿を変化させてきました。より種を存続させられるよう環境に適合し、進化の過程で不要な部分は退化させてきたのです。魚から両生類が進化したばかりの時代には、6本や8本の指を持つ生物もいましたが、進化の過程で不要な指が退化していくことで、5本指のものが登場し、これが現在の、陸上脊椎動物全ての祖先になったと考えられています。」

とし,

「いろいろな本数の種の中から、なぜか5本指のものだけが生き残り、両生類の子孫である爬虫類や哺乳類も5本指となった。」

と,理由はわからないが,

「クジラやゾウからコウモリやヒトにいたるまでの多くの脊椎動物の手足は同じ設計図をもっている。つまり、5本の指は、手首にある関節の集まりに結びついている。」

ので,

「馬も牛もその祖先は5本指で、進化するごとに指の数を減らして、今の姿になったということです。陸上をすばやく駆けて、天敵である肉食動物から早く逃げるためには、たくさん指があるよりも、蹄のついた1本指のほうが適していたのでしょう。人間はというと、祖先と同じ指の数を“偶然”維持し続けているだけなのです。地球の誕生に比べると、人間の誕生は、ほんの最近の出来事です。もしかしたら、人間はまだ進化の途中なのかも知れません。」

とする。五本指は,進化プロセスの偶然としても,

「両手の指が10本なので10進法が普及した」

など,それが基本発想を左右していることに変りはない。

阿部正路氏は,

「人間の五本の指は,知恵と慈悲と瞋恚と貧貪と愚痴を示すという。」

と書く,

「二つの美徳と三つの悪戸を同時にかねそなえているのが人間であり,人間は二つの美徳で三つの悪を必死でこらえている危ない存在であるからこそ人間なのであって,その二つの美徳を失えば,もはや鬼であり,妖怪である。」

とする。

「瞋恚と貧貪と愚痴」

とは,所謂三毒である。

「仏教において克服すべきものとされる最も根本的な三つの煩悩、すなわち貪・瞋・癡(とん・じん・ち)」

を指す。即ち,

むさぼり,
いかり,
おろか,

である。これのみになった妖怪が,泥田坊である。

泥田坊.jpg

鳥山石燕『今昔百鬼拾遺』より「泥田坊」


鳥山石燕は,『今昔百鬼拾遺』で,

「むかし北国(ほくこく)に翁あり子孫のためにいささかの田地をかひ置て寒暑風雨をさけず時々の耕作おこたらざりしに この翁死してよりその子 酒にふけりて農業を事とせずはてにはこの田地を他人にうりあたへれば夜な々々目の一つあるくろきものいでて 田をかへせ々々とののしりけり これを泥田坊といふとぞ」

と,泥田坊を説明する。

「智恵も慈悲も失って,鬼と化しつつおのれの失われた田地を求めつづける」

まさに,貪る鬼である。阿部氏はこう説明する。

「〈悪〉は『泥田坊』ではない。『泥田坊』を鬼にまでおいやったものなのだ。ここでは酒にふけったわが子に仮託されているが,実はわが子をそこまで追いやったものこそ妖怪なのだ。それは,『泥田坊』の前に決して姿をあらわさず,ために『泥田坊』の三本の指は爪そのものと化しつつ,虚空をあがき,おのれの胸をかきむしる。見開かれた目は,怒りのあまり頭の中心に集まって一つとなる。叫ぶ声は聞こえないが,その身開かれた一つの目は,永遠に閉ざされることなく不気味に光っている。」


参考文献;
阿部正路『日本の妖怪たち』(東京書籍)
http://matome.naver.jp/odai/2143030879212163801
渡邊大門『秀吉の出自と出世伝説』(歴史新書y)
http://www.city.nagoya.jp/kurashi/category/19-15-2-5-0-0-0-0-0-0.html


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



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posted by Toshi at 05:32| Comment(0) | 人間性 | 更新情報をチェックする
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