2016年02月22日

かっぱ


「かっぱ」は,

河童

と当てる。辞書(『広辞苑』)には,

カワワッパの約,

とあるが,『大言海』には,

「河童(かわわらわ)の約なる,カワワッパを,再び,約めたる語」

とある。これが正確だろう。

河童.jpg

(「河童(かっぱ) 川太郎ともいふ」と『画図百鬼夜行』にある。)


辞書(『広辞苑』)にある意味の多さに驚く。

想像上の動物。水陸両生,形は四五歳の子供のようで,顔は虎に似,くちばしはとがり,身にうろこや甲羅があり,毛髪は少なく,頭上に凹みがあって,少量の水を容れる。その水のある間は陸上でも力強く,他の動物を水中に引き入れて血を吸う。河郎,河伯(かはく),河太郎,旅の人,かわっぱ。

とまずは,河童の説明がある。しかし,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%A5

には,

「川や沼の中に住む。ただし例外に地行浜(現在、福岡ドームが建っている辺り)の酒飲み河童は、海に住む。泳ぎが得意。悪戯好きだが悪さをしない妖怪として伝えられる場合もあるが、多くは水辺を通りかかったり、泳いだりしている人を水中に引き込み、おぼれさせたり、「尻子玉」(しりこだま。尻小玉とも書く)を抜いて殺すなどの悪事を働く。抜いた尻子玉は食べたり竜王に税金として納めたりする。尻子玉とはヒトの肛門内にあると想像された架空の臓器で、これを抜かれるとふぬけになると言われている。この伝承は溺死者の肛門括約筋が弛緩した様子があたかも尻からなにかを抜かれたように見えたことに由来するようである(尻子玉は胃や腸などの内臓を意味するという説もある)。」

とあって,多少異説はある。この河童の泳ぎや形態,河がらみからのメタファから,

泳ぎの上手な人
頭髪を真ん中を剃り,まわりをのこしたもの(おかっぱ)
見世物などの小屋にいて,観客を呼び込む者。合羽
(川に船を浮かべて客を呼ぶところから)江戸の柳原や本所などにいた私娼,船饅頭
河童の鉱物であるからというキュウリの異称

と意味が続く。しかし,キュウリの異称というのは,少し行き過ぎで,正確には,

キュウリを芯にして巻いた海苔巻,

をカッパ巻,といい,略してカッパというのが正確のようだ。ちなみに,キュウリは,

「黄+瓜」

で,熟した色から命名したのが語源で,「胡瓜」の字は,中国語表記を借用している。ついでに,合羽(哈叭)は,

ポルトガル語capaで,ラテン語cappa(頭巾)から来た言葉,

で,マント型の雨着のこと,合羽は当て字らしい。

『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/ka/kappamaki.html

には,かっぱ巻について,

「かっぱ巻は、河童の好物が『キュウリ』だからといわれる。 その他、河童の総本家『水天宮』の紋章と、キュウリの切り口が似ていることから、キュウリを『かっぱ』と呼ぶようになったとする説もある。」

としている。この点について,

http://okwave.jp/qa/q1676566.html

では,

「キュウリが夏祭りの神へのお供え物で、かっぱの起源が水の神であったことの名残だということです。そうしたことから、キュウリの異称に『かっぱ』があります。
もうひとつ。
昔、かっぱは水神が妖怪化したものと考えられていたそうです。きゅうりは水神信仰とむすびついていたので、夏が近づくと、疫病や水難をさけるため、きゅうりを川に流す風習が全国的にあったそうです。ここからかっぱ=きゅうりになったと言われています。」

とあり,河童が水の神と近いことを思わせる。因みに水天宮の本宮は,

http://www.suitengu.net/saizin.html

にあるように,久留米にある。謂れは,ともかく,

「当宮は古来農業、漁業、航海業者間に信仰が篤い」

とされ,それを,

「留米の水天宮は久留米藩歴代藩主(有馬家)により崇敬されていたが、文政元年(1818年)9月、9代藩主有馬頼徳が江戸・三田の久留米藩江戸上屋敷に分霊を勧請した。これが江戸の水天宮の始まりである。」

とあるように,分社したのが,東京の水天宮らしい。

一概に水だけにつなげられないのは,

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%B3%E7%AB%A5

に,

「河童の由来は大まかに西日本と東日本に分けられ、西日本では大陸からの渡来とされるが(河伯信仰)、東日本では安倍晴明の式神、役小角の護法童子、飛騨の匠(左甚五郎とも)が仕事を手伝わせるために作った人形が変じたものとされる。両腕が体内で繋がっている(腕を抜くと反対側の腕も抜けたという話がある)のは人形であったからともされる。大陸渡来の河童は猿猴と呼ばれ、その性質も中国の猴(中国ではニホンザルなど在来種より大きな猿を猴と表記する)に類似する。
河神が秋に山神となるように、河童も一部地域では冬になると山童(やまわろ)になると言われる。大分県では、秋に河童が山に入ってセコとなり、和歌山県では、ケシャンボになる。いずれも山童、即ち山の神の使いである。また、河童は龍などと同じ水神ともいわれる。山の精霊とも言われる座敷童子などと同様に、河童も一部の子供にしか見えなかったという談がある。」

とあり,どうやら,日本の通例で,神ないし,信仰の対象は,尊崇を失うと,妖怪化するらしい。言葉が,御前が,おめえ,と罵り言葉に変るのと,通底しているような気がする。

北斎・河童.jpg

(葛飾北斎・河童)


参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
鳥山石燕『画図百鬼夜行全画集』(角川ソフィア文庫)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:09| Comment(0) | 言葉 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
コチラをクリックしてください