ピカソ展
『ピカソ展 ルートヴィヒ・コレクション』(日本橋高島屋)に伺ってきた。
http://www.takashimaya.co.jp/tokyo/picasso/
「本展では、パリやバルセロナのピカソ美術館に次いで世界有数の規模を誇るピカソ・コレクションを所有するドイツ・ケルン市ルートヴィヒ美術館所蔵の、初期から晩年に至るまでの油彩、版画、ブロンズ、陶器等約60点を展示するほか、マン・レイなど著名な写真家によって撮影されたピカソの肖像写真約40点を展示し、
天才と謳われるピカソの魅力を多角的にご紹介いたします。」
と案内にあったが,写真は別にすると,圧倒的に,版画,ブロンズ,陶器が多く,ちょっとがっかりした。特に絵皿(?)は,かつての自分の絵をなぞったようなものが多く,既視感一杯であった。
例によって,素人の勝手な印象だが,ブロンズでは,
『女』(1948)
がいい。言ってみると,絵でも,造形でも,パースペクティブの「地」と「図」の何を「図」とし,クローズアップするかだが,こちらの先入観のせいか,妙にエロチックな造形に見え,タイトルの何を,ピカソか「図」としようとしているかが,僕にはわかりやすかった。わかりやすすぎて,下手をすると,あと一歩で通俗に流れそうだ。エッチングでは,
『闘牛』(1934)
と題された,牛の鼻を妙に「図」としてクローズアップした,まるで獅子舞の獅子のように迫る牛が面白かった。ピカソは,とりわけ闘牛の鼻(孔)の部分が気になったのだろうか。写真では,アーヴィング・ペンの,
『パブロ・ピカソ 1957』
が,いい。ピカソの上質な部分がよくその貌にのぞいている。
絵では,『読書する女の頭部』(1953)の,揃えた手に見える,静謐さもいいが,
『横たわる裸婦』(1960)
『アトリエにて』(1964)
『接吻』(1969)
と,1973年に亡くなることを考えると,最晩年に属する作品だが,いろいろ面白い印象を懐かせてくれた。
『横たわる裸婦』では,足が,極端に大きく「図」化されて,巨大化され,ピカソには,このモデルの足,というか足先の部分が気になって仕方がなかったように見える。
『アトリエにて』は,描き手と,モデルと,画布(描かれている絵)を一つにし,丁度ベラスケスの『女官たち』のような構図を,画家とは区別しつつ,絵とモデルはバラバラのジグソーパズルのようになっている。しかし,面白いのは,画家自身はそのバラバラになったジグソーパズルのなかには紛れ込ませず画然と,文字通り,一線を引いて区別しているところだ。それが,ピカソの生きた時代の限界,と言うふうにも見えるし,ピカソの強烈な自我をそこに主張しているようにも見える。
本当の最晩年の,『接吻』は,掉尾に展示されていた。ピカソ自身が,
「一方の横顔をもう一方の横顔に」
「凹のへこみは凸のふくらみと呼応」
と言っていたと,絵の解説にあったが,ここでも,自分自身を見る視線は,キュビズムから撤退戦をしているように見える。
それを老いと呼ぶのか,新たな終りの始まりと見るのか,答えは,ピカソが持って行ってしまった。
http://salut.at.webry.info/200606/article_10.html
に,
「これは、ピカソ晩年の妻:ジャクリーヌ・ロックとピカソ自身の口づけを描いた作品。ピカソは1961年:80歳の時にジャクリーヌと結婚しました。計算すると、この絵が描かれたときのピカソの年齢は88歳頃。年老いたピカソが若い妻に捧げる熱烈なキス。」
とあったが,それはこの絵への俗人の好奇心でしかない。
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