2016年03月04日

動物行動学


小林朋道『ヒトはなぜ拍手をするのか―動物行動学から見た人間』を読む。

人はなぜ拍手をするのか.jpg


「まえがき」で,動物行動学,人間比較行動学の著者は,

「私はこの本で,人間の日常的な生活のなかに見られる『動作』や『行動』『心理』』『感情』について頭に浮かぶものをいくつかあげ,進化の仕組みに照らして『なぜそうなのか』についてわかりやすく解説してみようと思う。解説といっても,科学的に十分証明された知見を並べたわけではなく,これまでの研究成果も踏まえた。現時点での私の推察をふんだんに入れた内容にした。」

と書き,「あとがき」で,

「私の大きな夢の一つは,動物行動学の知見をたよりに,現代の人間が抱えるさまざまな問題の改善につながる本質的なアイデアを提示することである。それらの問題の中には,『人間による自然の破壊』も含まれる。それは研究対象を広げることにもなり,ますます『専門性が薄い』と言われる場面も増えるかもしれない。でも,私は,自分自身は,人間と野生動物の両方を研究対象としているという意味での独自性を持った研究者でありたい,そうなりたいと思っている。」

と書いて,

「『なぜそうなのか』についの理解を深め,その知見をたよりに,この先,自然環境の保全も含めた現代の問題の改善について必要なことを考えてみたい。」

と結ぶ。この「なぜ」には,意味がある。著者は,「初期動物行動学の創始者の一人であるニコ・ティンバーゲン」が挙げた,

「動物行動学は,対象とする特定の動物行動について,『四つのなぜ』に答えるべく研究を進める学問である」

ところに根差している。「四つのなぜ」とは,

①「その行動は,どのような刺激によって,体内でどのような変化が起きて発現したのか」
②「その行動は,個体の生存や繁殖にどのように役立っているのか」
③「その行動は,その個体の成長の過程で,どのようにして発達してくるのか」
④「その行動は,それをまだ行わなかった祖先種の行動がどのように変化して,現在の種でおこなわれるようになったのか」

である。これを,それぞれ,

①至近的要因,
②究極的要因,
③発達的要因,
④系統進化的要因,

と呼び,いまでも,「動物行動を研究する者の指針」となっている,という。本書も,

「動作」
「行動」
「心理・感情」

について,「『四つのなぜ』を念頭に,人間は『なぜ,そう振舞うのか?』について解説している。」

書名になっている「ヒトはなぜ拍手をするのか」は,そのひとつとして,取り上げられているので,本書全体が,このテーマを展開しているわけではない。因みに,

「ヒトはなぜ拍手をするのか」

の問いは,実は,

「なぜ友好的な気持ちを示すとき拍手をするのか?」

と,微妙に変えられている(のが気になるが)。その答えは,

「拍手には,『ありがとう』『おめでとう』『そのとおりだ』『』がんばれよ』『よくやった』といったメッセージが込められている。これらのメッセージに共通しているのは,相手に対する友好や親和の気持ちである」

とし,

「このような相手に対する友好の気持ちと,拍手が作り出す音の特性―パチパチという音程が高い音―とがヒトの生得的な認知系の中で,無理なくつながるのではないかと推察している。」

と述べて,音程の持つ特性,,

「相手に有効的な信号を送ろうとするとき,知らず知らずのうちに声を高くする。(中略)相手に敵意を持っているときは,ヒトは声を低くする。」

と関連させて,

高音=親和

と関連づける。ただ,拍手と,どうつながるかは,突き詰められていない。で,関連する,

「なぜヒトは,リズム感があるのか?」

を追ってみると,

「リズムは,われわれの認知や運動に,切っても切れ離せない要素」

として,最近の脳生理学の研究経過から,

「脳内の情報処理では,一定の時間を単位として,外部からの聴覚や視覚の刺激が蓄積されて,まとめて情報処理され,また次の単位時間に,外部情報が蓄積・情報処理され,…という繰り返しが起こっているらしいのである。
 また,動作についても,脳から筋肉への命令情報は,一定時間の“かたまり”になっており(そのかたまりのひとつは3秒であることが知られている),3秒なら3秒を単位として運動が構成されていることが明らかにされている。
 これらのことは,『単位の繰り返し,すなわち“リズム”という現象は,脳の根元的な特性である』こと,そして『能は,外部の変化を単位の連続(リズム)としてつかみ取り,それを信号として体の各部の動きを統一的に同調させている』ことを示唆している」

とは述べているが,拍手との関連は言及がない。周囲との同期とか同調といった社会的要因もあるのだが,この点について言及はなく,「?」マークのついたままに終ってしまっているのが,気になって仕方がない。

ほかにも,

並んで歩くカップルは,なぜ女性が左側になることが多いのか?
なぜ振り込め詐欺にだまされるのか?
なぜ赤ん坊は「高い,高い」でわらうのか?

といった面白いテーマもあるが,動物行動学だけでは解けないな,と感じさせたのは,

スポーツの有名人に“品格”を求めるのはなぜか?

について,

「有名で影響力のある有名人に対して『自分だけの欲求にしたがって好き放題にふるまうのはやめよ』と思うのが(動物行動学的には)自然である。」

とし,その理由を,動物行動学の,

「個体は,自分の遺伝子を持つ個体(そういう典型的な個体は“子ども”や“兄弟姉妹”)がより増えるようにふるまう」

と同時に,人間のように,

「“他の個体と協力したり,助け合うような”行動が『自分の反映にとって利益』をもたらしやすい種がいる」

という原理に求め,

「有名人というのは他の人に対して大きな影響力を持つ場合が多い。その一方で,その“有名さ”はファンによって支えられている面が大きい。だとしたら,“一般の人”は,(意識するかどうかはまちまちだろうが)『その有名人が,自分を含めた他の人々に利益を与えるような行為をするように要求したい』と思うのが自然だろう。」

と説く。しかし,この説明よりは,これに続けて,「日本人の気質」に言及した,

「村社会の中だけで生きていくためには,自分の成功はつつましく話したり,自分の利益は独り占めせず,近所の人たちにおすそ分けしたり,…そんな気づかいが必要だったのである。これはまさに“品格”ある立ち居振る舞い方であり,日本という島国の農耕民で,“品格”が強く認識された理由でもある」

の方が説得力がある。人間は社会的動物であり,社会的・文化的文脈に強いられていることが多々ある。ある意味,その分析を抜いてしまう(あるいは,抜かざるをえない),動物行動学で分析する時の限界なのかもしれない。

それにしても,他のテーマは,行動。動作,心理なのに,

スポーツの有名人に“品格”を求めるのはなぜか?

というテーマの時だけ,価値観というものを前面に出している気がする,これを論ずるのは,動物行動学の閾値を越えているように見えた(失礼!)。

参考文献;
小林朋道『ヒトはなぜ拍手をするのか―動物行動学から見た人間』(新潮選書)


ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

posted by Toshi at 05:07| Comment(0) | 書評 | 更新情報をチェックする
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